精神的に向上心のないものも 死んだらこうなりたい

人生のヒント

こちらの記事で紹介した“死後の世界”は真実ではない。では、私たちが死んだらどうなるのか? どうせそれを知ることができないのなら、自分たちの好ましいように想像してしまえばいい。そこで、“あの世”の様子を描いていると思われる作品をいくつか挙げてみる。いや、より正確に表現するならば、「もし“天国”があるなら、こういう世界であってほしい」という願望も込めて楽しめる作品だ。

小さなことに喜ぶ動物から“天国”の世界を想像する──『ぼのぼの』

本作は、いがらしみきおによる4コママンガのアニメ版。不条理なギャグにちょっとした哲学の要素が加わったコメディだが、じつは“死後の世界”を描いていると思いながら観るのも一興だ。

“天国”ではだれかを羨まない、蔑まない、怒鳴らない

主人公はラッコの子ども・ぼのぼの。物語は森や海辺の一角で展開する。とりたてて大きな事件が起こるわけでもなく、「風が吹いた」「雨が降った」といった些細な出来事が淡々と綴られていく。「崖がくずれた」といったていどのことでも、ここでは大騒ぎだ。

ぼのぼのをはじめ、まわりの動物たちは、“煩悩”のような欲を持っているわけではない。「動物だから当然だ」とも思えるが、たとえば食欲はあっても、人間とおなじように空腹を満たすというより、食事を楽しむことを目的として食べものを探している。

だれかをうらやんだり、さげすんだりといった“負の感情”は持ちあわせていない。ときどき相手を怒鳴ったり、あるいはいたずらをしたりすることはあるが、それは無邪気さゆえの戯れ言に見える。

ぼのぼのたちがふだんどんなふうに過ごしているかと言えば、「海を見にいく」「木に登る」「穴を掘る」など、私たちからすればじつに他愛のないことだ。そこに大きな楽しみを見出している。

もしも、私たちが本作の世界に入りこむことができたとして、ぼのぼのたちと生活をともにしたら、退屈さに根をあげるかもしれない。一方で、「そんなことで喜ぶなんて」と羨ましい気持ちも生まれる。些細なことにも喜びを感じながら暮らしていければどんなに幸せだろうと、ありえない想像をしながら思わず笑みがこぼれてしまう。そんな世界はこの世に存在しない。だからこそ、そこは“天国”だと思えるわけだ。

▼物語の舞台となるのは、木の幹に空いた穴、森の小道、海に張り出した崖など、ごくごくせまい範囲だ。

『ぼのぼの』02
『ぼのぼの』04
『ぼのぼの』03

▼ときには「食べものをどう美味しく食べるか」といったことも関心の的になる。

『ぼのぼの』05
『ぼのぼの』06

退屈に思える暮らしを楽しめる世界は、まさに“天国”そのもの

Ⓒいがらしみきお / 竹書房・フジテレビ・エイケン

前向きな けものたちは理想郷に棲んでいる──『けものフレンズ』

2017年に大ヒットした本作。監督の降板がネットを騒がせたことも記憶に新しい。登場キャラクターが動物という点は『ぼのぼの』とおなじだが、やはり“死後の世界”なのか?

現実ではとうていありえないから“天国”

本作の登場キャラクターは〈アニマルガール〉と呼ばれる、人間の姿をした動物たち。物語の舞台はサファリパーク型の動物園〈ジャパリパーク〉だ。主人公は、ここに迷いこんだ“少女”で、自分の正体と仲間がいる場所を求めて旅をつづける。

〈アニマルガール〉たちは少女の姿をしており、大人の女性や男は登場しない。このあたりも非現実的な異世界を思わせる。ややネタバレだが、〈アニマルガール〉とは、外の世界で動物だったものが転生した姿であり、広い意味でまさしくここは“天国”なのだ。

〈ジャパリパーク〉では、ライオンとヘラジカがおなじ場所に居合わせたりして捕食の関係にはない。ここでは〈ジャパリまん〉と呼ばれる食料が供給されているため、エサを採る必要はないからだ。

上で紹介した『ぼのぼの』とおなじように、彼女たちは肉体的にも精神的にもだれかを傷つけるようなことはしない。当人が欠点だと思っていることでも、個性のひとつだと積極的に認めようとする。だれかが提案したりアイディアを出したりすれば、それを否定することなく、まずはやってみようと前向きに行動する。

本作の本質は、主題歌の歌詞において、ひとことで表現される。

けものはいても のけものはいない

まさに非現実的な理想の世界であり、“天国”なのだ。

▼主人公たちは、〈ジャパリバス〉に乗って旅をしている。初めて訪れる「ゆきやまちほー」に興味津々。温泉も初体験なので、〈アニマルガール〉たちは服を着たまま温泉に浸かっている。

『けものフレンズ』01
『けものフレンズ』02
『けものフレンズ』03
『けものフレンズ』06

▼〈セルリアン〉と呼ばれる謎の存在は、唯一の脅威といえる。仲間がピンチの際には、全員が一丸となって敵と戦う。

『けものフレンズ』04
『けものフレンズ』05

だれも傷つかない世界は非現実的。だからこそ“死後の世界”

Ⓒけものフレンズプロジェクト/KFPA

少女たちの平凡な日常は少しだけ非現実的な世界──『みなみけ』

本作は桜場コハルによる短編マンガのアニメ版。“天国”にいるような平和な世界が描かれる。第1期はおよそ10年前に放送されているが、不覚にもこんな傑作アニメをいままで見逃していた。

日常生活をちょっと工夫すればおもしろくなる

「この物語は南家三姉妹の平凡な日常を淡々と描く物です」。冒頭で、そのようにナレーションやテロップで説明される。舞台は現代の日本であり、主役の三姉妹は魔法や特別な力を持った少女ではない。ふつうに学校に通い、ふつうに友だちたちと交流している。男子に恋したり、同級生に嫉妬したり、挫折と成長を経験したり……といった大仰なドラマは展開しない(その成分がゼロではないが)。

では、本作が現実世界でもありうる話かといえば、そうでもない。『ぼのぼの』や『けものフレンズ』と同様、彼女たちの手に負えないような深刻な問題は起こらないからだ。ただ、「おもしろい方向」には事態は進行する。当事者がちょっと困ったりするようなことではあるけれど、まわりの人は笑えて、当人も数時間後には気持ちを切りかえられるような、そんな出来事。私たちの住む現実世界ではあまり起こりそうもないから、その意味では非現実的なのだ。

本作も主題歌(第1期)の歌詞を引こう。

シアワセを歌えば(Yeah)

きっとパワーになるよ(そうでしょ!)

日常の中にキラキラがある(は〜い!はいはいはい!)

本作は、日常にある平凡な出来事も、見かたを変え、ちょっと手を加えるだけで、だれもが幸せになれることを教えてくれる。

▼ある月曜日の朝。長女の春香は、次女の夏奈が前の晩に炊飯器のスイッチを入れ忘れていたのに気づく……という他愛もない話なのだが、じつにおもしろおかしいやりとりが展開していく。

『みなみけ』01


「夏奈!これはどういうこと!?」

『みなみけ』02


「この突き出した茶碗の行方をどうしてくれる!?」
「しまってきてあげる」

『みなみけ』03


「パンがあるけど……」
「知ってるよ!パンがあること知ってるよ!」

▼本作は食事のシーンが印象的。“やさいのうた”では最上級のエンターテインメントが展開する。

『みなみけ』04
『みなみけ』05
『みなみけ』06


「レッツ!お野菜!」

ほんとうの“天国”は、日常のなかにある

Ⓒ桜場コハル・講談社/みなみけ製作委員会 Ⓒ桜場コハル・講談社/「みなみけ ただいま」製作委員会

ぎゃふん工房がつくるZINE『Gyahun(ぎゃふん)』

この記事は、『ぎゃふん⑨ 精神的に向上心のあるものは馬鹿だ』に掲載された内容を再構成したものです。

もし『Gyahun(ぎゃふん)』にご興味をお持ちになりましたら、ぜひオフィシャル・サイトをご覧ください。

『Gyahun(ぎゃふん)』オフィシャル・サイト

ぎゃふん工房(米田政行)

ぎゃふん工房(米田政行)

フリーランスのライター・編集者。インタビューや取材を中心とした記事の執筆や書籍制作を手がけており、映画監督・ミュージシャン・声優・アイドル・アナウンサーなど、さまざまな分野の〈人〉へインタビュー経験を持つ。ゲーム・アニメ・映画・音楽など、いろいろ食い散らかしているレビュアー。中学生のころから、作品のレビューに励む。人生で最初につくったのはゲームの評論本。〈夜見野レイ〉〈赤根夕樹〉のペンネームでも活動。収益を目的とせず、趣味の活動を行なう際に〈ぎゃふん工房〉の名前を付けている。

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