『Pearl パール』の主人公・パールは魅力的な女性だ。しかし、純粋に彼女の魅力を受け入れていいのか、と躊躇する自分がいる。それはなぜなのか? おなじような想いを抱いたあなたに、本作の面白さの秘密を解く鍵をプレゼントしよう。
[この記事には『X エックス』のネタバレが少し含まれます。『X エックス』観賞後にお聴き/お読みください]
主人公の人生に寄り添い応援したくなる
本作を観ながら最初に感じるのは、主人公のパールがとても魅力的・チャーミングであるということだ。物語は彼女の視点で描かれ、わたしたち鑑賞者は彼女の目を通して映画の世界に没入することになる。
もしもあなたが『X エックス』をまだ観ていないとしたらネタバレになってしまうのだが、パールは『X エックス』に登場する殺人鬼だ。だから、『X エックス』を観た者は、彼女の一挙手一投足につい身構えてしまう。だが、物語の序盤は彼女に殺意はなく、彼女の暮らしぶりを興味深く眺められる。
一方で、精神的にも環境的にも彼女は抑圧的な境遇にあり、作品には息苦しさや緊張感も漂っている。
これが後半の展開の布石となるわけだが、前半はホラーな感情を呼び起こすものではなく、純粋にひとりの女性の人生を覗き見るドラマとして堪能できる。
つまり、わたしたちは彼女の人生に寄り添いながら、応援もしたくなる。これは、ふつうのホラー映画を観るときの態度とは異なっている。
ここに本作の魅力のひとつがある。
わたしたちは〈殺人鬼〉に肩入れしていいのか?
殺人鬼なのに魅力的。魅力的なのに殺人鬼。そのような人物の描写をわたしたちはどのように受け止めればいいのか。そんな疑問が頭をよぎる。
「道徳や倫理に反する人物に肩入れするべきではない」といった“奇麗事”を言いたいのではない。本作はあくまでフィクション(パールは架空の人物)なのだから、彼女に惹かれたとしても責められるべきではない。他人はもちろん、自分で自分を非難する必要もない。
にもかかわらず、なぜ彼女を受け入れることを躊躇するような想いが生まれるのか? どんな気持ちが自分のなかに眠っているのか。それを解き明かしたい。
本作は物語の筋だけを追っていけば、パールが殺人鬼になった経緯を描いていることはたしかだ。
そうなると、彼女が〈殺人鬼〉になることへの言い訳(エクスキューズ)として、本作が機能しているのではないか。そんな疑問がわく。
なぜ、それが気になるのか?
映画として、なんとなく白々しい、薄っぺらいものに堕してしまうように思えてしまうからだ。
「こういう理由でパールは〈殺人鬼〉になりました」「彼女に同情できる部分もあるよね?」といったことを本作から読み取ってしまうと、途端に『X エックス』におけるパールの“絶対性”とか“神通力”のようなものが失われてしまう。
ここでお断りするなら、この問題は本作の脚本の出来栄えとは無関係だ。あくまで一人の鑑賞者であるわたしの葛藤の話なのだ。
心の葛藤を解消する ただひとつの方法とは?
葛藤そのものは感情だから、自分自身では制御できるものではない。だが、『Pearl パール』という作品を観終わったいま、本作をなんらかのカタチで心のなかに安置させる必要がある。もしも本作が取るに足らない映画だったなら、「ああ、面白かった」と思っておしまいでいい。現実にもどり自分の生活をつづければいい。だが、本作はおざなりにしてはいけないと思わせる輝きがある。
わたしは本作を心のなかでどのように扱うべきなのか?
ひとつの方法は、あくまで異常者の人生を他人事としてとらえること。つまり、もう彼女には肩入れしない。しょせんはフィクションの人物。パールは自分とは異なる世界の住人なのだ! などと自分を納得させる。
だが、これは自己欺瞞であることに気づく。
そもそも本作をどう受け止めるかという問いそのものが、自分の心のなかだけで行なっていることであり、誰かに強いられているわけでも、ましてそれを公にしなければならぬ義務はない。他人に対して自分を繕う必要はないのだ。
すでにわたしはパールに魅了されてしまっている。いまさら他人面はできない。自分を誤魔化すことはできない。
だから、もうひとつの解決法が有効になる——というより、もうこの方法しかない。
それは、彼女と殺人の“共犯者”になってしまうことだ。
彼女が人を殺めていく様を嬉々として観ていた——観たいがために本作を鑑賞し始めた。そんな自分を認めることだ。
パールには「殺人鬼にならない」という選択肢も当然あった。同様に「彼女の“共犯者”にならない」という選択肢がわたしにはあった。殺人鬼の映画であることは観る前からわかっていたはずだ。観なければよかったのだ、心をかき乱されるのなら。そうすれば、もっと平穏な生活を送ることもできたにちがいにない。
だが、時はすでに遅し。観てしまった。わたしは、これを読むあなたに「『Pearl パール』は傑作ですよ。ぜひご覧ください」と勧めざるをえない。
わたしは彼女の“共犯者”だから、だ。
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