『ゲームの父・横井軍平伝』で遊びの原点を思い出そう

横井軍平。功績の大きさに関わらず、その名はほとんど知られていません。ですが、横井氏の“発明”したものは、多くの人が目にし、耳にし、あるいは実際に遊んだことがあるものばかりです。

ゲーム&ウォッチ、ファミリーコンピューター、ゲームボーイ──。

たとえば電車の中でサラリーマンがスマートフォンのゲームに興じる。いまや珍しいことではありません。でも、もし横井氏が「ゲーム&ウォッチ」を開発していなかったら、その光景はまた違ったものになっていたかもしれません。

また、もしこの世にゲームボーイがなかったなら、大傑作『ポケットモンスター』は生まれなかったかもしれないのです。

「枯れた技術の水平思考」

横井氏の発想法を示す言葉に「枯れた技術の水平思考」というのがあります。最新の技術を用いるのではなく、技術そのものは使い古されたもので、あくまでアイディアで勝負する。その代表格が、当時、電卓に用いられていた液晶画面を用いた「ゲーム&ウォッチ」であったりするわけです。

時代が進み、ゲーム業界は、技術力競争、グラフィック能力向上の“戦争”に突入していきます。任天堂のゲーム機もそこに参戦せざるを得なくなりました。その様子を横井氏は苦々しく思っていたことでしょう。あくまでゲームは“遊び”を提供するものだという氏の理念とは反するからです。

横井氏が所属していたのは、ファミコンの開発部とは別の部署でした。ファミコンの開発において氏が関わったのは、イジェクトボタンと、コントローラーの十字ボタン。十字ボタンは、ゲーム&ウォッチにおいて考案されたもので、現在のゲーム機にも採用されている歴史的発明です。

任天堂の元社長・山内溥氏、宮本茂氏とならんで、任天堂を象徴する開発者でありながら、じつは横井氏は任天堂の本流にはいなかった、というのがなんとも興味深いところです。

絵に描いたような「逆転の発想」

「逆転の発想」という言葉はアイディアを生み出すときのひとつの指針としてよく使われます。でも、具体例を挙げてみろ、と言われてもにわかには難しい。

ですが、まさに“発想力”の塊とも言える横井氏の仕事を見ると、その例を簡単に見出すことができます。

この本では、ファミコンの光線銃が紹介されています。ファミコン本体におもちゃの銃を接続し、画面の中を飛びまわる鳥を撃ち落とすというものです(西部劇をモチーフにガンマンと撃ち合いをする、という内容のものもあります)。

当時、幼心に不思議に思いました。なぜテレビは、弾が命中したことがわかるのだろう、と。これは、電気信号という“弾”が銃のほうから出ているのではなく、テレビの側から出る信号を銃が受信しているのです。まさに「逆転の発想」。言うまでもなく現在のテレビゲームでも使われている技術(ノウハウ)です。

作る側と遊ぶ側のどちらも横井氏に学ぶべき

横井氏の手がけた商品のひとつに「バーチャルボーイ」があります。テーブルに置かれたモニターを覗き込むと、立体(3D)映像が楽しめるというものです。

時代を先取りしたアイテムなのですが、商業的には失敗に終わりました。立体といっても、描かれているのは赤の単色の映像だったことも敗因のひとつでした。私自身、当時「任天堂よ、血迷ったか」という印象を抱いたのを覚えています。

ところが、じつは「バーチャルボーイ」の本質は、「立体」にはなかったことがこの本でわかります。横井氏の目指したのは「テレビ画面の枠を越える」ことでした。

言うまでもなく、テレビゲームの中で構築される世界というのは、テレビ・モニター画面から逸脱することができません。どんなにサイズを大きくしようともそれは変わりません。

でも、もしその制約をなくすことができたら──。

迂闊でした。発売当時、私もちょっとだけ「バーチャルボーイ」を触ったことがあるのですが、その魅力に気づいていませんでした(というより、ほとんどの人が──もしかすると任天堂の人も──気づかなかったからこそ失敗したのです)。

この本を読むと、横井氏の仕事を通して、商品の「作り手側」が持つべき心得がわかります。その一方で、「遊ぶ側」が銘じるべきことも読み取れるのではないか。そう思えてきます。

つまり、本来の〈遊び〉とは何か、そして〈楽しい〉とは? つきつめれば、〈幸福〉とは何か? を見つけるためのヒントも見つかりそうなのです。

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