クリエイターの仕事術はサラリーマンも使えるかもしれない

押井守、宮崎駿、庵野秀明、黒沢清。海外からの評価も高いアニメ・映画監督たち。今さら説明は不要だろう。

才能。センス。そういったものが作品づくりに大きく影響していることは間違いない。 しかし、彼らが日常的な「仕事」として、作品づくりに従事している以上、そこには我々サラリーマンにも通用する“仕事術”があるのではないか。

今回はそれを探ってみることにしよう。

[一]規則正しいリズムで仕事をする

アニメや映画は、完成までに数か月、いや数年を要することも珍しくない。どんなに優れた監督も、アクセル全開で走り続けることはできない。一過性の勢いだけでは作品は完成しないはずだ。

押井守は、絵コンテを「一日に必ず十枚は描く。そして、絶対に十枚までしか描かない」と決めているという。どんなにノッても、いくらでも描けそうなときも十枚で止める。押井は師匠(鳥海永行)のこの教えを徹底して守ってきたそうだ。

絵コンテとは思い込みやテンションで描くものではない。それは客観性そのものであり、映画の設計図だ。図面である限り、それは淡々と冷徹にこなしていくものであり、夜中のラブレターごとく勢いにのって三十枚描き飛ばしても、そんなものはやっぱり使えないのだ。

(『これが僕の回答である。』インフォバーン)

似たようなことは、つい先日アップした記事の橋本忍も述べている。もう一度引用しておこう。

朝は七時半前後に三人が起き、温泉に入って体を暖め食事をすませ、十時には仕事にかかる。昼は机の上の原稿用紙を少し横へ片付け、うどんとか蕎麦で、小國さんは煙草に一本火をつけるが、私と黒澤さんは直ぐ仕事にかかる。終わるのは五時ちょっと前で、ビッシリ根を詰めた七時間程度の仕事を切り上げると、温泉に入り晩飯になる。黒澤さんも小國さんも酒豪で、ウイスキーの水割りを重ねて雑談だが、仕事の話は一切しない。就寝は決まり切ったように十時……こうしたまるでタイムレコーダーを押すような日々の明け暮れだった。

(『複眼の映像──私と黒澤明』文春文庫)

締切に間に合わず、あせっているとき。逆に、ノリにのっているとき。こんなときは勢いにまかせて仕事をしがちだ。でも、そんなときこそ危ない。

それなりに体裁は繕えるかもしれない。仕事の結果について、誰にも批判されることはないかもしれない。

だが、自分自身は納得できるか? ほんとうによい仕事をしたと胸を張って言えるか?

規則正しいリズム。これがよい仕事を残すための、そして「自分で自分を褒める」ためのポイントといえそうだ。

[二]仕事で徹夜はしない

私も学生時代に経験がある。ゼミの研究合宿。前日、徹夜で準備をして、研究発表に臨む。たしかに達成感はある。でも、徹夜をしなかったほうがよい成果が出たのではないか。そんな疑問もあった。だから、ゼミの研究で徹夜をするのはやめた。いつしかそれはゼミ内のコンセンサスになった。

それでも学生の研究レベルなら、“自己満足のための徹夜”も、オツなものかもしれない。だが、仕事はどうか?

ここで引用するのは、スタジオジブリの仕事論だ。映像企画制作部部長(当時)の高橋望氏によると、スタジオジブリでは「徹夜しない」ということになっているそうだ。

宮崎さんが「追い込みの日常化」というような言い方をし始めました。どんなにすごい作品でも3本も作れば、やっぱり日常になってしまう。そうしたら、人間、追い込み時期に突然力を発揮したりするのはあり得ないんですよ。だからあまり精神主義に陥らずに粛々と作っていこう、具体的には本当の最後の最後までは、休みもちゃんととろう、徹夜はやめよう、というようなことです。

(『キネ旬ムック フィルムメーカーズ[6]宮崎駿』キネマ旬報社)

もうひとつ引用しよう。世界的にも(というより海外からのほうが)評価の高い、ホラー監督・黒沢清の思想だ。

黒沢の現場は「家に帰れなくなるような時間まで撮影はしない。もちろん、終わった後に一杯呑みに行くこともない」という伝説で知られている。裏を返せば、日本の映画作りは、それとは逆であることがふつうであったわけだ。

いや、誤解のないよう付け加えておきますと、もちろん僕はちゃんと家に帰りますし、真夜中までやってまた早朝から、みたいな気力で乗り切る無茶な撮影はしませんが、これは何が起こっても対応できるようにきっちり準備をしているということです。事前に全て準備をして、的確に、速やかに演出する。それって理想ですね。クリント・イーストウッドはすごく撮影が速いそうですが、これは事前の準備が行き届いているからです。

(『黒沢清の映画術』新潮社)

かつて残業といえば、残業代稼ぎが目的だった。しかし、長引く不況下でサービス残業となっても、会社に残って仕事をする(せざるをえない)人々はいる。

原因はふたつある。自己満足と段取りの悪さ。 「自己満足」は先に引用した押井守と橋本忍のセオリーで否定されるだろう。

だから、我々が注意をすべきは、後者の「段取りの悪さ」だ。これを防ぐために、いかに仕事を効率化・能率化を図るかが課題となる。

いずれにしろ「徹夜」をしなければいけない状況というのは、何かが間違っている。その原因が自分自身にあるのか、会社にあるのかは検討しておく必要があるだろう。

[三]仕事は最悪を前提に組み立てる

最後にご紹介するのは、『エヴァンゲリオン』の庵野秀明だ。

旧世紀版のエヴァは「コストパフォーマンス」で出来ていると庵野は語る。だから、限られた予算で傑作が作れたのだという。

基本的にはアニメって穴の開いた船だから。沈む前に港に着けるかという、それだけなんですよ。そのためには排水作業をどうするかという、ダメージコントロールでしかない。最悪の事態を想定して、それに対処するためのシフトを作っておくだけなんです。まあ、それは組織論の基本でね。アニメの場合、それをあまり考えていない人が多い。 最悪の場合を考えて、ものを作っていかないといけないっていうのは、軍艦の運用と全く同じなんですよ。軍艦というのは、敵の弾が当たっては沈むっていうのを前提に作られていますから。できるだけ沈まないようにするにはどうすればいいんだろうというところから始めるのが、軍艦の運用思想だから。それとアニメは同じ。基本的には質がドンドン、下がっていくわけだから、できるだけ質が下がらないようにするためにはどうしたらいいんだろうというのを、発想の原点にするべきなんですよ。途中から質が上がるなんて事は、あり得ない。プラスを考えるより、マイナスにならないための考慮の方が現実的。

(『アニメスタイル』美術出版社)

庵野の言葉は、ふたつのことが示唆されていると思う。ひとつは、先の黒沢のように「事前の準備が大切」ということ。あらゆる事態を想定しておく。

もうひとつは、「ないものねだりをするのではなく、現実に与えられた状況で最大限の努力をする」ということだ。 自分が苦しい状況に置かれているとき「もっと人手があったら」「もっと納期までに時間があれば」と、誰もが考える。 しかし、「無い袖は振れない」のではないか、といったことに思いを巡らせることは、ときには有効だろう。

できないことをやれと言っているのではない。今自分ができることをする。それだけでいい。

俺はここで水をまくことしかできない。 だが君には、君にしかできない、君ならできることがあるはずだ。

『エヴァ』の加持リョウジの有名なセリフを思い出そう。

(とはいえ、仕事の環境を整えるのはマネージャーや経営者の責務。その怠慢を自分のせいにしてしまう「社畜」精神にもつながるので、注意は必要だが)

どんな優れた監督でも日常は冴えない

『もののけ姫はこうして生まれた。』というドキュメンタリーを見た時に感じたことがある。

『もののけ姫』という成果物は、とてつもなく華々しいものであるが、その制作過程はじつに地味で冴えない。来る日も来る日もスタッフが黙々と机に向かっているだけだからだ。

ようするに、どんな職業・立場であろうと、人生というのは「冴えない」ものなのだ。 だからといって、人生を投げる必要はない。さえない日常の到達点が『もののけ姫』だったのだから。

〈いつか花が咲けばいい〉

そう思いながら、取り急ぎ、生きていこうぜ。

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