『X エックス』は、一見すると往年のホラー映画のパクリのような時代錯誤の作品に思える。だが、観終わったあと、あなたは制作陣に拍手喝采するだろう。今回はこの「悪趣味なエログロホラー映画」の皮をかぶった傑作の魅力に迫る。
[ネタバレは可能な限り回避。映画鑑賞前でもおたのしみいただけます]
『X エックス』の魅力を語るのは非常に難しい。この手の映画に目がないホラー好きが観れば楽しめることはまちがいない。それは保証しよう。ただ、有名な作品の続編とか小説の映画化ではないし、そもそも観ようという気が起こるかどうかは疑問だ。
本作を愛する同志を増やすために本作の魅力を伝えようとするとネタバレになり面白さは半減する。しかし、魅力を伝えなければ観る気にさせることはできない。まさにジレンマ。
そこで、次のようなたとえ話はいかがだろうか。
あなたが本作の魅力をプレゼンするとしたら?
あなたは本作『X エックス』のプロデューサーだとする。映画が完成し、配給会社に売り込むとしよう。重役たちがずらりと並ぶ会議室で、本作の物語展開を適当に端折りながら説明する。
「それって、あの映画のパクリだよね」と、重役から声が上がる。「あの映画」とは、1980年代にブームの火付けとなった有名なホラー映画のことだ。
「では、こちらのスチール写真(場面写真)をご覧ください」と、いささか動揺を覚えながら、あなたはいくつかのシーンを抜粋したパネルを重役たちに示す。
「やっぱりあの映画のパクリじゃないか!」と、重役のひとりは苛立ちを隠さず声を荒らげる。
「いや……この映画のポイントは……」と、あなたは本作がお蔵入りになってしまう不安にかられながらも、必死に重役たちを説得する。
「ああ、なるほど……それならウケるかもしれん」と、重役たちの態度が軟化し、契約書にサインを始める。それを見たあなたは、ほっと胸をなで下ろすのだ。
実際に本作の製作過程でこのようなやりとりがあったかどうかは知らない(たぶんないだろう)。そもそもアメリカ映画を製作する段取りはこのようなものではないかもしれない。ここでは、あくまでたとえ話として述べた。
時代錯誤に見えてじつは新しい
さて、このたとえ話で何を言いたいのか?
本作『X エックス』は、(ネタバレを避けるためタイトルは明かさないが)重役の話にもあったように、1980年代につくられた有名なホラー映画によく似ている。特定の作品というよりも、当時はその映画の亜流ともいえる作品が数多くつくられたため、その映画に代表されるところの「その手の作品」ということになる。
本作も「その手の作品」であるように一見すると思える。概要を聞いただけでは、重役たちのように「あの映画のパクリ」と見なしてしまうだろう。
いくら往年のホラー映画が好きだからといって、好事家が見てくれるかもしれないからといって、無造作にそんな映画をつくっていただいても、観る側としては「時代錯誤もはなはだしい」と食指は動かないだろう、ふつうならば。
しかし本作は、1980年代の往年のホラー映画をただ再現しているわけではない。制作陣は、現代のホラー好きに向けて、あくまで最新のホラー映画をつくっている。
本作で注目すべきポイントは、表面的には往年のホラー映画のフォーマットにのっとりながらも、ちょっとした工夫をほどこすことで、まったく新しい輝きを作品に与えている点。物語展開を聞いても、場面写真を見ても「あの映画のパクリ」としか思えないほど、それはほんとうにちょっとした工夫なのだ。
創造性の高さに感動と驚きをおぼえる
本作『X エックス』は、言ってみれば悪趣味なエログロホラー映画だ。先述のとおり、「この手の映画に目がないホラー好き」しか観ないようなシロモノといえよう。
だが、作品として結実したものは「悪趣味なエログロホラー」であっても、それをカタチにするまでには相当な試行錯誤があったと想像する。
それゆえ、じつに細かい部分にまで神経が行き届いている。
たとえば、(これは公式の説明文にあるのでネタバレではないと思うが)「ポルノ映画を撮影」という設定にも、「エロ」の要素を取り込むため安直に採用したのではなく、物語としても作劇法としても考え抜かれた結果であることがわかる。
映画を観おわったあと振り返ってみると、ところどころに伏線が巧みに張りめぐらされ、終盤には見事に回収されていることに気づく。
本作を観て体感するのは、そんな制作陣の創造力(クリエイティビティ)に対する感動と驚きだ。
「悪趣味なエログロなホラー」だけれども、制作陣の志の高さに感服させられる。それが本作の魅力となっている。
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