「時間とお金のどちらが大切か」その答えを僕たちはすでに知っている

もしもコーヒーひとつ買うのに〈寿命〉を削らなければならないとしたら?

〈時間〉が〈お金〉になった世界の悲劇

朝。男は目を覚ますと、腕の時計を見た。時計は手首に巻かれているわけではない。数字は腕に直に表示されている。鈍い光を放ちながら皮膚に浮かびあがっているのだ。

どういうしくみでそうなっているのか、くわしいことは男は知らない。しかも、数字は現在の時刻を示してはいない。数字が表わすのは、人生の残り時間。つまり自分の〈寿命〉だ。

男の腕に記された時間は、一日と少しだった。このままなにも手を打たなければ、男は二十数時間後に死ぬ。心臓発作のようなショックに襲われ、そのまま命を失う。

男が暮すこの世界では、遺伝子操作により人は25歳で成長が止まる。以降は、〈時間〉を稼いで〈寿命〉を延ばしていく。

〈時間〉を稼ぐには、どうすればよいか。もっとも手っ取り早い方法は、働くことだ。男も工場で仕事をして〈時間〉を得ている。工場で1日労働をすれば、2〜3日は〈寿命〉を延ばせる。以前は、1日働けば1週間は生きられた。ここのところ、実入りが少なくなっている。

男がベッドから体を起こすと、母親の姿が見えた。仕事に出かけようとしているようだ。

母親は25歳を25回くりかえしている。当然、年齢は男よりずっと上だが、見た目は男と同年代に見える。母親の稼ぎも多くない。父親は男が幼いころに亡くなった。母親は男を育てるため、借金をしていた。その返済のため、身を粉にして働いている。

男と母親は軽く抱擁する。

「今日は仕事が終わったら、お金を返してバスで帰るから迎えに来て」

「いいよ」

母親を見送ったあと、男も身支度を整え、工場に向かう。

道すがらコーヒーを買う。お店に備えつけられた装置に腕をかざすと、〈時間〉が引きおとされる。

この世界に〈お金〉はない。支払いは、すべて〈時間〉を使う。コーヒーは昨日より値上がりしている。引かれた〈時間〉が昨日より多かった。

朝は街のあちこちに死体が転がっている。〈時間〉を使いはたした者たちだ。〈寿命〉が尽きる前に〈時間〉を得られなければ、誰もがおなじ目に遭う。

男は職場に着くと、黙々と作業をこなした。一日の労働を終え、日当にっとうをもらう。お店にあったのと似たような装置に腕をかざせば、〈時間〉をもらえる。

昨日とおなじように働いたはずなのに、得られた〈時間〉は昨日より少なかった。

「おい、どういうことだよ!?」と、男は係員に詰めよるが、係員はとり合わない。

いつもと変わらない日常を送るなか、悲劇は起こった。

母親は、その日の夜、仕事を終えると借金を返済した。腕の時計は「2時間」を示していた。ここから歩いて帰れば2時間以上かかる。そこで、バスを利用することにした。

バスに乗り支払いをしようとすると、運転手が「2時間」と“料金”を告げる。バスに乗ると「2時間」の〈時間〉が引かれるのだ。

「うそでしょ!? ここから歩いたら2時間かかるのよ」

「走れば間に合いますよ……」

母親はバスに乗るのをあきらめ、走るしかなかった。自宅の最寄りのバス停には息子が待っている。息子から〈時間〉を分けてもらえれば、生き長らえる。

母親は懸命に走った。

気が遠くなるほど走りつづけた。遠くに息子の姿が見えた。時計が示すのは残り30秒。

息子が母親に気づいた。息子も走る。

だが、〈時間〉は尽きた。母親の〈寿命〉は尽きた。息子の目の前で、母親は死んだ。

われわれは〈寿命〉を〈お金〉に替えている

もちろん、これは現実の話ではない。映画『TIME/タイム』の設定と冒頭のストーリーを紹介したものだ。

この作品の世界では、〈お金〉が〈時間〉になっている。あなたは「荒唐無稽」「いかにもフィクションって感じだな」とお思いだろうか? 少し考えてみれば、必ずしもそうではないことに気づく。

われわれもこの現実世界で〈時間〉を〈お金〉に替えることで暮している。〈時間〉とはすなわち〈寿命〉のことだ。

では、われわれが〈お金〉を稼ぐとはどういうことか。〈時間〉を使うこと。〈時間〉を使うとは〈寿命〉を消費すること。〈お金〉を媒介させているために気づきにくいが、〈時間〉=〈お金〉=〈寿命〉であり、『TIME/タイム』とまったくおなじ世界に生きているのだ。

腕には自分の〈寿命〉が刻まれている。装置に手をかざすと、モノを“買う”ことができるが、そのぶん〈寿命〉は減る(『TIME/タイム』より)。
©Twentieth Century Fox Film Corporation

とある金融会社の幹部は、その点についてこう語った。

好む好まざるにかかわらず 人は‥‥‥金を得るために その時間‥‥人生の多くを使っている 言い替えれば 自分の存在‥‥命をけずっている‥‥‥‥! 存在そのものを「金」に替えているんだ つまり‥‥人は皆‥‥サラリーマンも役人も‥‥‥‥命懸いのちがけで金を得ている‥‥‥! 気が付いてないだけだ 極端に薄まってるから その本質を多くの者が見失っているだけ‥‥‥

福本伸行『賭博黙示録 カイジ⑦』(講談社)

われわれは、より多くの〈お金〉を得ようと躍起になっている。

かりにたとえば1000万円の〈お金〉を得たとしよう。それは、どうやって手に入れたものなのか? 件の幹部による講釈の続きを見てみよう。

仕事を第一に考え ゲスな上司にへつらい 取り引き先にはおべっか 遅れず サボらずミスもせず‥‥‥毎日律義りちぎに定時に会社へ通い 残業をし ひどいスケジュールの出張もこなし‥‥時機が来れば単身赴任‥‥夏休みは数日‥‥‥そんな生活を10年続けて 気が付けばもう若くない 30台半ば‥‥40‥‥‥そういう年になって やっと蓄えられる預金高が‥‥‥1千‥‥2千万という金なんだ‥‥

福本伸行『賭博黙示録 カイジ⑦』(講談社)

多額の〈お金〉を得られたとしても、それは自分の〈寿命〉と交換することで実現したもの。「今月は○万円稼いだ」「今年の年収は○万円だぞ」と悦に入っても、それは自分の〈寿命〉を削って得たものなのだ。

もちろん、その善し悪しをどう考えるか、人生観や価値観は人によって異なる。

しかし、〈寿命〉すなわち〈時間〉は、〈お金〉とおなじ価値を持つ。ときには〈お金〉より高い価値を持つことがある。だからこそ、〈時間〉は〈お金〉とおなじように、いやそれ以上に貴重だと考えなければならない。

その〈真実〉は頭の片隅に置いておきたい。

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