「誌面がマンネリ化しているので、なにか新しい企画を考えてほしい」と依頼されました。媒体は、戦車をモチーフにしたアニメの本。私はそのアニメを観ておらず、戦車の知識もまったく持っていません。しかも、提出の締め切りは3日後。
私には無理。お断りしたほうがよさそうです。
一方で、せっかく私のような者に声をかけてくれたのだから、期待に応えたいという想いもあります。
そのとき私は、『マリア様がみてる』の主人公・福沢祐巳様の行動を思い出していました。
自分を嫉む相手の無理な要求に応える
『マリア様がみてる OVA』第1巻「子羊たちの休暇」では、祐巳様と小笠原祥子様が避暑地の別荘で夏休みを満喫しています。
ふたりは祥子様の知人・西園寺ゆかりからパーティに誘われます。けれども、それは祐巳様と祥子様の仲に嫉妬したゆかりの罠でした。
パーティはゆかりの曾おばあさまの誕生日を祝うもの。参加者たちが順番に楽器の演奏を披露していきます。しかし、祐巳様たちはそのことを知らされておらず、演奏の準備などしていませんでした。そもそも祐巳様は楽器を弾けません。
ゆかりが祐巳様のもとへやってきて、したり顔で言います。
「祐巳様、曾おばあさまのために、なにか演奏してくださらない?」
青ざめる祥子様に「大丈夫です」と声をかけると、祐巳様は曾おばあさまのほうへ近づいて言いました。
「不調法者で楽器の心得がございません。
でも、お誕生日をお祝いして曾おばあさまのために一曲……」声:[福沢祐巳]植田佳奈
『マリア様がみてる OVA』第1巻「子羊たちの休暇」
©今野緒雪/集英社・山百合会2
祐巳様はアカペラで「マリア様のこころ」を歌いはじめました。やがて祥子様によるピアノの伴奏も加わり、会場は姉妹の演奏会となったのです。
じつは、曾おばあさまはこのパーティが始まったころから白々さを感じており、ずっと虚ろな表情をしていました。楽器の演奏が誕生日を祝うためではなく、腕前を披露したいだけの自分本位なものであることを見抜いていたのです。
でも、祐巳様だけはちがっていました。祐巳様の歌にだけは心がこもっていたのです。
曾おばあさまの瞳には光がもどっていました。
相手のつくった枠組からはずれ手持ちの〈カード〉で勝負する
祐巳様の行動は、「あえて相手の用意した枠組からはずれ、自分の持っている〈カード〉で勝負する」というものでした。
私も祐巳様を見習うことにしました。
不調法者で戦車の心得がございません。
でも、良い本をつくるためにひとつ……
急いでアニメを視聴。作品の描写から「戦車のキャラクター弁当」を思いつきました。“戦車の心得がある人”からは出てこない発想のはず。「キャラクター弁当」は、私が駆け出しのライター・編集者だったころ手がけていた仕事です。私も手持ちの〈カード〉で勝負したわけです。手早く企画書をつくって提出しました。
結果は見事に採用。今回の依頼は、誌面のマンネリ化を改善するのが目的なのですから、戦車好きが考えそうもない企画は大正解だったのです。
曾おばあさまが祐巳様にかけたのとおなじ言葉を、私も依頼者からいただきました。
「ありがとう」
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