『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の謎を本気で解明する[その4]ちょっとは世間を知りニャ!

『新劇場版』で展開する人間ドラマを考察する。

『エヴァ』の謎解きとは、すなわち設定や世界観を確認することだ。言うまでもなく、それだけで作品が成り立っているわけではない。作品を味わうには、どんなドラマが展開するかも注目したい。

では、『ヱヴァ新劇場版』ではどのようなドラマが描かれているのか。今回はその点を見ていこう。

シンジがすべきは大人になること

『Q』を観た人の多くは、次の点を疑問に思うはずだ。まずはそこに焦点を当てよう。

なぜヴィレの人たちはシンジに冷たいのか?

ヴンダーの前に敵らしきものが現れたとき、〈初号機〉に乗ろうとするシンジに、ヴィレのメンバーたちは冷ややかな目を向ける。

▼北上ミドリにいたっては舌打ちをする。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

チッ!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

しかし、『破』のラスト、〈初号機〉が覚醒したとき、ミサトはこう叫んでいた。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

いきなさい! シンジ君
誰かのためじゃない!
あなた自身の願いのために!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

このとき、シンジの行動を全面的に肯定するどころか背中を押してさえいたミサトが、『Q』で態度が急変する。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

あなたは もう…
何もしないで

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

これは当のシンジだけでなく、観ている者も唖然する場面だ。

これらの理不尽さを理由に、『Q』のミサトたちは『序』『破』とは別人であるという〈パラレルワールド説〉なども提唱されている。

ここで、あらためて冷静に分析してみよう。

ミサトはシンジを非難してはいない

じつは、『Q』において、ミサトやリツコはシンジを非難しているわけではない。感情を露わにしているのは、シンジとは面識がないとおぼしき若いメンバーであって、ミサトたちはむしろ無感情といったところだろう。

もちろん、ミサトたちの態度が『序』『破』とちがいすぎるのは解せない。

「だから彼女たちは別人」とするのも一興ではあるが、「これにはなにか深い理由があるのだろう」と考えるほうがむしろ自然ではなかろうか? その「深い理由」を探ってみよう。

『破』のシンジの行動は問題ではない

ヴィレの若者たちはシンジのなにを問題視しているのだろうか。

『破』の終盤、〈初号機〉が覚醒し〈ニアサードインパクト〉が起こったのは、まちがいなくシンジの行動によるものだ。

▼シンジの強い想いに応えるかのように〈初号機〉が覚醒する。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

あやなみを…
かえせっ!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

ヴィレの若いメンバーは、シンジのこの行動を問題にしているのだろうか。

しかし、あのままシンジが手を下さなければ、レイを助けられないばかりか、〈使徒〉によって世界が破滅する危険すらあった。シンジの行動が誤りというなら、先のミサトの発言も非難されなければならないだろう。

シンジの行動はむしろ讃えられるべきものであって、白眼視するのはとんだ御門違いということになる。

ここで、渚カヲルのセリフを思い出してみよう。

『Q』において、カヲルは世界の惨状について

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

一度 覚醒し
ガフの扉を開いたエヴァ初号機は
サードインパクトの
トリガーとなってしまった
リリンの言う
ニアサードインパクト

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

と語っている。

〈サードインパクト〉を起こしたのは〈リリス〉であって〈初号機〉ではない。〈初号機〉は「サードインパクトのトリガー」であり、〈リリス〉にきっかけを与えたにすぎない。「ガフの扉を開いた」ことが「ニアサードインパクト」なのであり、世界に破滅をもたらした〈サードインパクト〉とは別のものだ。

つまり、『破』のラストにシンジがとった行動をヴィレのメンバーは責めているのではない、と考えられるのだ。

シンジがエヴァに乗ることを否定しなければならない事態。それは、劇中で語られていない〈サードインパクト〉の際に起こったのだろう。これについてはあらためて考察する

シンジがすべきことは感情のコントロール

シンジの行動についてもう少し見てみよう。

『破』において、3号機に乗った式波・アスカ・ラングレーが、ダミープラグを搭載した〈初号機〉の攻撃によって負傷し、激怒したシンジはネルフ本部を破壊しようとする。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

そんなこと言って
これ以上 僕を怒らせないでよ
初号機に残されているあと285秒
これだけあれば
本部の半分は 壊せるよ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

本作を観る者として、シンジの気持ちは充分すぎるほど理解できるものの、その行動は支持できないだろう。下手をすれば人が怪我をしかねないし、今後の使徒殲滅にも支障が出よう。

〈初号機〉という強大な力を手にした者が怒りにまかせて力を使えばどうなるか? 文字どおり世界の破滅を招くであろう。シンジはそこまで考えをめぐらせるべきだったのだ。

では、そもそも3号機戦でシンジはどう行動すればよかったのか?

いつものように戦えば、たしかに〈使徒〉たる3号機を殲滅、アスカを殺すことになっていただろう。しかし、冷静に状況を見極めれば、たとえば3号機の手足のみを破壊し、行動不能にすることはできたはずだ。〈初号機〉は搭乗者が頭で考えただけで操作できるのだから、そんなデリケートな動きも可能だ。

シンジの行動に対し、ゲンドウは次のように叱責する。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

シンジ 大人になれ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

ゲンドウがシンジを追及するシーンは旧劇場版にもあるが、このセリフだけは『新劇場版』にのみ存在する。それだけ重要なセリフということだ。

したがって——。

シンジが大人になる

これこそが『新劇場版』のドラマを読みとく鍵だと当ブログは考えている。

先の考察で『エヴァ』旧劇場版のテーマを次にように表わした。

「他人の恐怖から逃れるため、その存在を消してしまおう」という大人たちの計画を、主人公シンジが否定する話

他人の存在を自分のなかに作ることが旧劇場版のテーマなら、『新劇場版』はもっと先、「大人」として他人とどう関わるべきかが描かれていると考えられるのだ。

『新劇場版』のテーマは「ガキシンジ」

他人とどう関わるか——『新劇場版』のこのテーマはどのように扱われているだろうか? それが端的に表現されているのは、『Q』においては、アスカがシンジに向かって連呼する「ガキ」「ガキシンジ」という言葉だ。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(シンジ)
何で邪魔するんだ アスカ!
あれは
僕たちの希望の槍なんだよ!

(アスカ)
あんたこそ
余計なことするんじゃないわよ!
ガキシンジ また
サードインパクトを起こすつもり?

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(シンジ)
槍があれば 全部やり直せる
世界が救えるんだ

(アスカ)
ホンットに ガキね

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

おとなしくやられろ!
ガキシンジィ!!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

アスカは、見た目は14歳だが精神は28歳の「大人」だ。精神も14歳のままであるシンジとはちがう。その事実を指して「ガキ」と言っているのだろうか?

〈初号機〉に取りこまれたまま14年が経過してしまったのは、シンジだけの責任とはいえない。精神の年齢が14歳であることだけを理由に「ガキ」とののしっているなら、そちらのほうが「ガキ」といえないだろうか。

したがって、アスカがシンジを「ガキ」扱いする理由はもっと別のところにあると思われる。それを探ってみたい。劇中でシンジはおよそ「大人」とはいえないふるまいをしていないだろうか。 そこに、『新劇場版』で描かれる人間ドラマの真髄を知るヒントが隠されている。

大人になるとは自分の行動に責任を持つこと

『Q』の物語をシンジの視点でひとことで表現すれば「エヴァに乗って2本の槍を抜く話」だ。なぜシンジは槍を抜こうと考えたのか? カヲルがそうすれば世界を修復できると言ったからだ。では、2本の槍でどうやって世界を修復するのか? その詳細は語られない。本作を観る者に対してだけでなく、シンジにもカヲルはつまびらかにはしていなかったはずだ。

カヲルはシンジをあざむこうとしていたのか? おそらくちがうだろう。カヲルには善意しかないように思われる。シンジの心情をそんたくして行動していたにちがいない。

だが、シンジは聞くべきだった。自分たちが行なおうとしている行動の意味を。詳細を知っていれば、セントラルドグマにある槍が対のそれでないとわかった時点で、計画を中止していたかもしれない。そうすれば、〈フォースインパクト〉は起こらず、カヲルが犠牲になることもなかったのだ。

カヲルを全面的に信頼した、といえば聞こえはいいが、それは行動の責任を他人に負わせることでもある。

「大人」としてふるまうとは、みずからの行動の意味を理解し、その結果にも責任を負うことだ。それが満足にできていないシンジを評して、アスカは「ガキ」と言っているのではないか。

シンジのこの性格は『序』においてすでに描かれている。ミサトがシンジを迎えに行ったその車中でこんな会話を交わす。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』

(ミサト)
何も聞かないのね シンジ君

(シンジ)
え! あ ハイ

(ミサト)
さっきから私ばっか話してんだけど

(シンジ)
あ すみません

(ミサト)
謝るこたないけど
ただ さっきのデカイのは何ですか とか
何が起こってるんですか とか
聞きそうなもんじゃない

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』
©カラー・GAINAX

じつはこのセリフは、劇場公開時には存在しておらず、DVD/Blu-rayの1.11バージョンで追加されたものだ。わざわざセリフを付け足したのは、作品のテーマに直結する重要なものだからだろう。

シンジはゲンドウによって半ば強引に呼び寄せられたとはいえ、ミサトの言うとおり、これから自分がさせられることの意味をもっと問い質すべきだろう。

また、リツコのセリフもシンジのこの性格を鮮明にする(こちらは旧劇場版にもあるセリフ)。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』

(伊吹)
しかし よく乗る気に
なってくれましたね シンジ君

(リツコ)
人の言うことには
おとなしく従う
それがあの子の処世術じゃないの?

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』
©カラー・GAINAX

万が一、自分の行動によって重大な結果が引き起こされたとしても、「自分は言うことに従っただけ」と言い訳できる――そんな予防線を張っていると受けとられても仕方ない。そして、それは自分の行動の責任を他人に押しつけることにもなるわけだ。

シンジは想いが強すぎるとまわりが見えなくなる

さらに『Q』では、別の「ガキシンジ」ぶりが描かれている。

シンジは、図書室のような場所をあさって見つけた本をアヤナミレイのもとへ運ぶ。レイの寝床のそばに積みあげるが、レイは手にとろうとしない。

その様子を見てシンジが言う。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(シンジ)
何で本 読まないんだよ

(レイ)
命令にないから

(シンジ)
命令か…

(レイ)
じゃあ もういいよっ!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

「何で本 読まないんだよ」の部分は、抑えた口調ながら凄みがある。相手がレイだったからよかったものの、ふつうの女の子なら泣きだしていたかもしれない。

たしかに、レイが読書家だったことは事実だ。

▼『序』で、シンジの病室で本を読むレイの姿が描写されている。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』
©カラー・GAINAX

だが、本が好きだったのは綾波レイであって、アヤナミレイではない。ふたりは人格としては別人だろう。

よしんば、そこにいるのが綾波レイだったとしても、頼まれてもいないのにお節介をし、あまつさえ、自分の思いどおりにならなかったからといって相手を責めたてるのは、「大人」の態度ではない

シンジのこの性格は、重大な局面で深刻な事態を招いている。

セントラルドグマにある槍が予想していたものと異なっていることに気づき、カヲルは計画を中止しようと提案する。だが、シンジはそんなカヲルの制止に耳を貸さず、カヲルがエヴァを操縦できないようにしてしまう。

▼シンジがレバーを引くと、カヲルのインテリアが後退し、操作不能になる。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(シンジ)
えいっ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(カヲル)
操作系が…

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

自分のわがままを押しとおすためなら相手の意向も無視する――ここにも「ガキシンジ」ぶりが表われている。

〈フォースインパクト〉が起こってしまったのは、なるほど、ゲンドウの陰謀であろう。だが、シンジにも責任の一端はあると考えることができるのだ。

〈初号機〉はシンジのマイナス感情を増幅する

先に、ヴィレのメンバーたちがシンジを批判的な目で見るのは、『破』の〈ニアサードインパクト〉ではなく、劇中で描かれていない〈サードインパクト〉におけるシンジのふるまいに原因があると述べた。

具体的にシンジがなにをしたかは別の機会に考察する。ここで注目したいのが、〈サードインパクト〉が発生したとき、シンジは〈初号機〉に乗っていたという事実だ。

▼カヲルがその事実を裏づける。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

君が初号機と
同化している間に起こった——
サードインパクトの結果だよ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

なにが問題かといえば、〈初号機〉は感情の読みとり装置だということだ。これまで述べてきた「ガキシンジ」のふるまいが、〈初号機〉によって増幅されてしまうことなのだ。

エヴァという強大な力を手にした人間が感情的に行動すれば、世界が破滅するほどの災厄を招いても不思議ではない。

制作者は、「ガキシンジ」の行動をエヴァの機能を通してデフォルメして表現することで、「大人」になるとはどういうことかを、端的に表現していると考えられる。

そこが『ヱヴァ』の核となるドラマ部分なのだ。

ミサトこそ『ヱヴァ』の真のヒロインである

ここまでは、主人公シンジに焦点をあてて考察してきた。もちろん、それだけでは『ヱヴァ』の物語は見えてこない。別の登場人物もじょうにのせなければ。

では、『ヱヴァ』においてシンジの次に重要なキャラクターはだれだろう? レイ? アスカ? マリ?

物語を牽引するという意味で、『ヱヴァ』のヒロインはミサトなのだ。

ミサトはもうひとりの主人公

旧劇場版では、加持リョウジから受けついだ真実をシンジに伝え、みずからを犠牲にしてシンジを守った。それが、〈人類補完計画〉を否定するというシンジの決断につながった。

『エヴァ』という物語において、制作者の意図を代弁しているという意味で、ミサトはむしろシンジよりも重要なキャラクターなのだ。

庵野秀明監督もはっきりとこう述べている。

ミサトは今回の『新劇場版』では、シンジの対である副主人公としての立場、立ち位置をはっきりさせています。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 全記録集』
(株式会社カラー)

ミサトとシンジの関係性を読みとくことで、『ヱヴァ』の物語の神髄が見えてくるといっても過言ではない。

重要なポイントを確認していこう。

『序』において、セントラルドグマに安置されている〈リリス〉を前に、ミサトとシンジが手をつなぐ様子が描かれる。

▼わざわざ手元のアップが挿入され、シンジはミサトの手を強く握る。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』
©カラー・GAINAX

このカットは、まさにシンジとミサトの関係性が『ヱヴァ』においてきわめて重要であることを表わしている。

ここまで“深い”関係を築きながら、『Q』でミサトの態度が一変しているのはすでに確認したとおり。だが、「だからこそ、『Q』のミサトは『序』『破』とは別人」という考えかたを、少なくとも当ブログは採りたくない。

なぜなら、それではあまりに物語が薄っぺらいものになってしまうからだ。

『Q』のミサトは『序』『破』と同一人物

もう少し『Q』の描写を見てみる。

『Q』において、〈エヴァンゲリオンMark.09〉とともにヴンダーをあとにするシンジ。〈フォースインパクト〉を防ぐためには、シンジの首に付けた〈DSSチョーカー〉を作動させなければならないが……。

▼ミサトはスイッチを押さなかった。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

もし、このミサトが『序』『破』とは別人なら、(躊躇はしたかもしれないが)〈DSSチョーカー〉を作動させていただろう。ミサトの行動は〈フォースインパクト〉のリスクを高めるし、実際にそれは起こってしまっている。

ミサトのこの行為は、艦長としては許されざるものであるはずだが、そばにいた赤城リツコはミサトを責めなかった。リツコにはミサトの気持ちがよく理解できるし、もちろん自分自身も、シンジを死なせることは忍びないという想いがあるのだろう。

▼リツコはミサトのふるまいに悲しげな表情を浮かべている。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

このシーンは、ミサトやリツコがまぎれもなく『序』『破』と同一人物であることを物語っている

シンジがもっとも気にかけているのはミサト

さらに、(おそらくシンジ自身も自覚していないことだが)、シンジにとってもっとも気にかかる相手は、レイでもアスカでもなく、ミサトなのだ。

それを表わすように、セントラルドグマにある槍を抜こうとしたとき、シンジはこう叫ぶ。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

カヲル君のために
みんなのために槍を手に入れる
そうすれば世界は戻る
そうすれば
ミサトさんだって!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

それをふまえれば、次の短いカットが味わい深いものになる。

〈フォースインパクト〉を止めるため、ミサトたちはヴンダーで〈第13号機〉に突撃するが、〈Mark.09〉によって阻まれてしまう。そのとき、ミサトはつぶやく。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

くっ… シンジ君

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

このとき、〈フォースインパクト〉を止めるのはシンジでしかありえなくなってしまった。だから、その願いをミサトは心のなかでシンジに託したのだ。

シンジが「大人」になれば、シンジ自身が〈フォースインパクト〉を止めることはできたのではないか? たとえば、カヲルがそうしたように〈ロンギヌス〉を〈第13号機〉に刺すとか、エントリーブラグを射出するとか。シンジにできたこともなにかあったはずだ。

しかし、実際はシンジはなにもせず(できず)、〈フォースインパクト〉を止めたのはカヲルだった。

リツコは言う。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

誰のおかげか わからないけれど
フォースは止まった
ミサト
今はそれで良しとしましょう

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

ミサトの期待にシンジは応えなかった。リツコのこのセリフはミサトに対する慰めの言葉であるわけだ。

『新劇場版』は「シンジが大人になる物語」と解釈できるわけだが、『Q』においてはそれは実現しなかった。

『シン・エヴァ』は、まさに「シンジが大人になる」かどうかが最大の注目ポイントなのだ。

アスカはシンジとカップル気どり

『ヱヴァ』はシンジとミサトの物語といっても過言ではないわけだが、そのほかの登場人物にも目を向けてみよう。

『Q』のアスカはシンジの恋人か夫婦

まず、アスカが、とくに『Q』において、なぜかシンジとカップル気どりなのが注目される。

セントラルドグマで、〈フォースインパクト〉を阻止しようと攻撃を仕掛けてくるアスカにシンジが反撃すると、アスカはこう言う。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

女に手を上げるなんて サイテー

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

『Q』のラストでは、放心状態のシンジの世話を焼いている。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

ほら これ着けて
もお~
立ってるくらい
自分で出来るでしょ!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

まるで恋人や夫婦(姉さん女房)のようにふるまっている。

アスカは、シンジに特別な想いを寄せているらしい。周知の事実かもしれないが、いちおう確認する。

『破』において、アスカはレイを詰問する。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

ひとつだけ聞くわ
あのバカをどう思ってるの?

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

レイは答える。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

わからない ただ 碇君と
いっしょにいると ポカポカする
私も 碇君にポカポカして欲しい

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

それに対するアスカの反応はこうだ。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

それって
好きってことじゃん

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

これは絵に描いたような嫉妬で、アスカのシンジに対する想いがしっかり描かれている。

『Q』のアスカも『序』『破』とは別人ではない

『Q』の序盤で、アスカはシンジに対し(ヴィレの若いメンバーと同様に)冷たくあたる。しかし、これが愛情の裏返しであることは、作品を観ていれば明らかだろう。ダメ押しをするように、アスカと真希波・マリ・イラストリアスが次のようなやりとりをしている。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(マリ)
それより ワンコ君どうだった?
おとなしくお座りしてた?

(アスカ)
何も変わらず
寝癖でバカな顔してた

(マリ)
その顔
見に行ったんじゃニャいの?

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

「シンジを想うアスカ像」は、『破』できっちり描かれているものであり、『Q』のアスカのふるまいに違和感はない。この点からも『Q』の登場人物が『序』『破』とは異なるという〈パラレルワールド説〉は根拠が弱くなる。

『エヴァ』は男女の恋愛をあからさまに描く作品ではないが、シンジとアスカのやりとりは、作品に一服の清涼剤のような味わいを加えている。

とくに殺伐としたイメージもある『Q』に、コミカルさも加えているといえよう。

マリは「ゲンドウ君」の同級生ではない

『新劇場版』から登場したマリについて、注目すべき点はなんだろうか?

マリはゲンドウと同世代なのか?

「マリはゲンドウと同世代」とする説がある。ここではこれを検証してみよう。

ゲンドウと同世代とする根拠のひとつは、ゲンドウを君呼ばわりしている点だ。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

ゲンドウ君の狙いはコレか!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

また、以下のセリフはユイと面識があることを匂わせる。

▼アヤナミレイのふるまいに対してつぶやく。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

堅物だニャ
あんたのオリジナルは
もっと愛想があったよ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

「オリジナル」とは、ユイを指すと考えるのが自然だ。綾波レイもアヤナミレイもユイのコピーだからだ。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

君の知っている綾波レイは
ユイ君の複製体の1つだ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

さらに、冬月がシンジに見せた写真にマリが写っているとする考えかたもある。

▼右端の女性がマリに見えるという。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

そして、昭和歌謡を好んで歌っているのも「同世代説」を裏づける。

▼戦いの最中、「三百六十五歩のマーチ」(水前寺清子・1968年)を口ずさんでいる。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

しっあわっせはぁ~♪
あるいてこない~♪
だ~から 歩いてゆくんだね~♪
一日一歩 三日で三歩♪
三歩すすんで二歩さがる〜♪

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

▼『Q』では「グランプリの鷹」の主題歌(水木一郎・1977年)を歌う。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(マリ)的を狙えば ♪
はずさないよ〜

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

マリがゲンドウと同世代でない理由

一方で、「同世代説」を否定する材料もある。

まず、そもそもマリはどう見ても十代の女の子で、なぜ歳をとらないのかという疑問がある。たしかにエヴァの搭乗者は「エヴァの呪縛」によって成長が止まるとされている。しかし、マリが初めてエヴァに乗ったのは『破』においてだ。

▼『破』の序盤で描かれる戦闘が、マリにとって初の搭乗であること示唆する。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

エヴァとのシンクロって
聞いてたより キツイじゃん

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』
©カラー

歳をとらないとすれば『破』の時点からであって、ゲンドウと同世代なら、『破』で少女の姿なのはおかしいわけだ。

もちろん、マリが『破』以前になにをしていたのかは不明であり、「エヴァの呪縛」以外の理由で“若返った”などということも考えられる。

ようするに、「同世代説」は積極的に肯定も否定もできない。制作者もどちらにするか決めかねているのではないか?

こういう場合、作品を観る者としてどういう態度をとるべきか? それは「自分がおもしろいと思うほう」を採ることだ。

そうなると、少女にもかかわらず「ゲンドウ君」呼ばわりしているほうがキャラクターに深みが出るのではないだろうか。つまり、当ブログは「同世代説」を否定する立場に立つ。

「マリはゲンドウと同世代」説を検証する

上記の「同世代説」の根拠を検証してみよう。

冬月がシンジに見せた写真には、シンジを抱くユイの姿が写っている。このときシンジは3歳ぐらいだろうか。

マリの年齢は不明だが、シンジより2〜3歳上と仮定してみよう。すると、写真が撮られたとき、5〜6歳だったと考えられる。

そもそもマリとゲンドウが知り合いだったのかは不明だが、「ゲンドウ君」と呼んでいることから、昔から面識があった可能性は十分に考えられる。つまり、マリが5〜6歳のときにゲンドウと会っていても不自然ではないわけだ。

もしかすると、マリの母親(あるいは父親)がゲンドウの友人だったのかもしれない。親が「ゲンドウ君」と呼ぶのをマリは真似していたのではないだろうか。

冬月の写真に写る女性はマリ本人ではなく、母親かもしれないし、まったく無関係の人物なのかもしれない。

昭和歌謡を歌うことについては、古い歌が好きな少女で説明がつく。

マリのこの設定は、もともとはただのアクセントだったようだ。

▼庵野氏はマリについてこう語る。

立ち上がるのに「どっこいっしょ」と言ったり、「よし。そうだ」ってときに思わず手を叩いたりする仕草も、昭和のおやじっぽさをキャラとして出したくて入れています。料理で言えば最後の塩加減ぐらいのものですが。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 全記録集』
(株式会社カラー)

庵野氏の言葉は「同世代説」を否定する材料となる。ただし、あくまで『破』の時点の話であって、『Q』以降に設定が変更になっている可能性もなくはない。

いずれにせよ否定も肯定もできないことに変わりはない。

マリもシンジに「大人になれ」と言っている

さて、マリとシンジの関係においては、次のセリフに注目したい。

▼マリはシンジを叱咤激励する。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

後始末は済んだ!
しっかりしろ ワンコ君!!
グズるな!
せめて姫を助けろ 男だろ!
ついでに
ちょっとは世間を知りニャ!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

「男だろ!」「ちょっとは世間を知りニャ!」は、とどのつまりは「大人になれ」を言いかえた表現だといえる。

『新劇場版』のテーマが「シンジが大人になる物語」であることがここでも提示されているわけだ。

レイは〈魂〉の場所を変えられるか?

最後に、アヤナミレイについて触れておこう。

アヤナミレイは『序』『破』の綾波レイとは別人だ。実質的には『Q』から登場した新キャラといえる。

アヤナミレイはカヲルによれば「魂の場所が違う」。つまり、自分の意志を持たず、命令されなければ行動しないのだ。 そんなアヤナミレイに変化のきざしが現れるのは次のシーン。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(レイ)
こんな時 アヤナミレイなら
どうするの?

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(アスカ)
知るか!
あんたはどうしたいの!!

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

アスカの言葉を受けて、アヤナミレイはみずからの意志でエヴァから脱出している。その直前に次のような態度をとっていたにもかかわらず、だ。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(マリ)
ゼーレの暫定パイロットさん
聞こえてるでしょ
アダムスの器になる前に
そっから出たほうがいいよ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

(レイ)
ダメ それは命令じゃない

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
©カラー

カヲルの表現を借りれば、アヤナミレイの魂の場所が変わったわけだ。それによって、 なにがもたらされるのか? その行く末は『シン・エヴァ』に持ち越された。

『Q』は、表面的な出来事だけをなぞれば、世界が変わり果て、ミサトやアスカたちにシンジが冷たくあしらわたうえに、世界の修復もなしえなかったという、絶望しか残らない物語だ。

しかし、人間関係に着目して物語を追っていくと、きめ細かやかな描写が見られ、『シン・エヴァ』に向けた希望も残されていることがわかる。

次回は、完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の内容がどうなるのか……いや、どうあるべきかを予想してみよう。

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