『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』を たのしめなかった! タスケテ

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わたしは本作『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』をたのしめる人間だと思っていた。わたしのためにつくられた作品だと信じていた。だが、ダメ。怖くなかった。それゆえ「つまらない」と感じてしまった。なぜこんなことになってしまったのか? その謎の解明に挑む。 

監督の志の高さが かえって“仇”となった

たのしめなかった作品を、いつもは取りあげることはない。この世にあるすべての作品をひとりの人間が味わえる——などということはありえない。だから、もしも鑑賞した作品がつまらなかったとしたら、批判的な感想を書くことをせず、さっさと気持ちを切り替えて次に観るべき作品の選択に移る。いつもは……。

本作の監督・近藤亮太氏が演出した「イシナガキクエを探しています」「飯沼一家に謝罪します」はたのしめた。わたしはいずれも傑作と評価している。だとすると、『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』はわたしが観なければならぬ作品。人生の貴重な1時間半強の時間を費やす価値のある作品であるはずだった。手堅い。盤石。当たるとわかっているクジを引くようなものだ。

ところが結果は“凶”と出てしまった——。

本作の志は高い。往年のJホラーのような いわゆるジャンプスケア(観る者をびっくりさせる表現)を用いていない、という点は評価できる。直接的に“バケモノ”の類いを見せずに恐怖感をあおろうという創作姿勢は、その心意気や良し。わたしの好みの方向性だし、期待が大きく高まるところだ。

しかしながら——。

ジャンプスケアに頼らない姿勢は(わたしにとっては)かえって“あだ”になってしまった。最近のJホラーでは、むしろジャンプスケアを使わない作風が主流で、じつは目新しさがない。逆に、いまならジャンプスケアを表現するホラーのほうが挑戦的で良作になりえる(あえて古き良き怪奇現象の表現を追究した〈疫(えやみ)〉シリーズなどはその好例といえる)。また、わたしの拙い観測では、外国のホラー映画も最近はジャンプスケアを取り入れない傾向にある。

本作の創作姿勢は買うのだが、全編にわたりわたしは恐怖感をおぼえることがなく、それゆえに「たのしめなかった」という感想を抱くことになった。

なぜこんなことになってしまったのか? その解明を試みる。

なぜか恐怖を〈描写〉せず〈説明〉してしまっている

(あくまでわたしにとって、という断り書きが必要だと思うが)恐怖が〈描写〉されていないのが原因だと思われる。

主人公たちは、“バケモノ”の類に襲われているわけではないにしても、得体のしれない怪異に巻き込まれてはいるはずだ。だが、そういう〈描写〉はされていない。なんの変哲もない日常を彼・彼女らは送っているように見える。それではホラーになりえない。

タイトルにもなっている「ビデオテープ」には廃虚を歩き回る様子がおさめられており、いくらでも怖い〈描写〉は盛り込めそうだ。だが、特筆すべき場面は(少なくともわたしが見るかぎり)存在しない。

主人公の弟が行方不明になっていること、弟の姿が消えた廃虚が見つからないことなどは怪異であり恐怖のポイントになりえるが、それらはすべてセリフで〈説明〉される。中盤、旅館の男が「おばあちゃんの話」をするシーンは印象に残るが、これも〈説明〉だ。

説明してはダメというわけではない。〈説明〉があったうえで〈描写〉されていればいい。しかし、本作は恐怖のポイントが〈描写〉されず、すべて〈説明〉になってしまっているのだ。

高橋洋監督の良作ホラーに『霊的ボリシェヴィキ』がある。もっとも怖いところは、登場人物が怪談を〈説明〉するシーンだったりする。『霊的ボリシェヴィキ』は怪談を語り合うことがモチーフになっている作品だから問題はない1

『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』がジャンプスケアに頼っていないのは事実だとしても、びっくりさせるシーンが皆無かといえば、ゼロではない。“バケモノ”の類がまったく登場しないかといえば、終盤にそれらしきものがわずかながら出てくる。

であるならば、もっと“バケモノ”の〈描写〉がところどころにあってもよかったはずだ。そうしないと、「得体のしれない怪異に巻き込まれている」という感じがせず、観ている側は恐怖をおぼえない。

わたしが本作に恐怖を感じなかった理由、ひいてはたのしめなかった理由は以上のように結論づけられると思う。

しかし、コトはそう単純ではなかった……。

もしかして ほかの人と違う映像を観ていた……?

わたしが本作を満喫できなかった理由は表面的には解明できたとして、不可解なことが2つある。

まず、〈描写〉ではなく〈説明〉してしまっている問題。「イシナガキクエを探しています」「飯沼一家に謝罪します」の演出家がそのような愚を犯すとは思えないのだが……(「イシナガキクエ」「飯沼一家」には、もちろん“それらしい”描写がふんだんに盛り込まれている)

もうひとつは、わたしのような感想を抱く者がほとんど見受けられないことだ。ホラーのライト層が「怖くない」「つまらない」と思ったとしたら、それは理解できる。本作はどちらかといえば、ホラー好き・ホラー作品をたくさん観ている人へ向けてつくっているとおぼしい。そんなホラー・ヘビー層の人が本作に対して好意的な感想を寄せている。わたしのような批判的な感想は目にしない。これが解せない(まさか報酬をもらって賞賛しているわけではあるまい)。

もしかしたら、わたしのほうに何か異変が起きているのではないか? 正常な状態であれば、十分にたのしめたのに、わたしがおかしいから、本作のエッセンスを受けとめられなかったのでは? そんな疑念が生まれる。

たとえば、体調不良。カラダの不調はココロの不調につながる。本来ならたのしめるはずのものでも「つまらない」と感じがちだ。じつはこれには心当たりがある。最近も本作と関連の深い〈恐怖心展〉を満喫できなかったという経験をしたばかり。もしかしたら、本作も〈恐怖心展〉も体調が原因でたのしめなかったのに、わたしはそれを自覚していないのかもしれない。

そして——。

もっと恐ろしい妄想に、わたしはとらわれはじめている。

本来ならわたしがたのしめたはずの作品であること。わたしとおなじようなホラー・ヘビー層が絶賛していること。これらの事実から導き出される結論は……?

わたしが観ていた映像とほかの人が観ていた映像が、じつは違っていたのではないか? ほかの人が観た映像では恐怖が〈描写〉されていたのに、わたしの観た映像にはそれがなかった、とでもいうのだろうか?

「得体のしれない怪異に巻き込まれている」のは、わたしかもしれない……。

タスケテ

©2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会

  1. 本作の監督・近藤亮太氏は『霊的ボリシェヴィキ』で助監督を務めている。なお、旅館の男が「おばあちゃんの話」をするシーンは、『霊的ボリシェヴィキ』から着想を得たものだという(『VIDEO SALON』2025年8月号) ↩︎
夜見野レイ

このサイトでは、ホラー作品のレビューを担当。幼いころ、テレビで最初に観た映画がホラー作品だったことから無類のホラー好きに。ガールズラブ&心霊学園ホラー小説『天使の街』シリーズをセルフパブリッシングで執筆。ライターとしては、清水崇・鶴田法男・一瀬隆重・落合正幸・木原浩勝の各氏にインタビュー経験を持つ(名義は「米田政行」)。

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〈ぎゃふん工房〉は瑞乃書房株式会社 代表取締役 米田政行のプライベートブランドです。このサイトでは、さまざまなジャンルの作品をレビューしていきます。

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