Blu-ray『コマンドー〈日本語吹替完全版〉コレクターズボックス』を買った。30年近くも前の映画である。シリーズ化されているわけでもない。そんな昔の作品がなぜ今「完全版」なのか?
今回はそんな『コマンドー』の魅力を探っていこう。OK? OK! ズドン!
【ズドン!1】綿密に計算された「おバカ」
二十数年ぶりに鑑賞するまで、「大味なアクション映画」というイメージしかなかった。それは鑑賞したあとも間違っていないと思う。ツッコミどころ満載の「おバカ」な作品だ。
とはいっても、じつに綿密に、演出・脚本が計算し尽くされている「おバカ」だったのだ。
娘を奪還する物語を順当に作るなら、ヒロインのシンディは不要だ。べつにラブロマンスが展開するわけじゃない。しかし、主人公の“相方”として、むりやり同行させている。これが作品に奥行きとおかしみを与えている。
たとえば、クライマックス直前の武器の「お買い物」シーン。ふつうなら「ギリギリのところで逃げ出す」展開になるはずだ。警察との攻防を描いて、ハラハラドキドキ感を演出するのがセオリーだ。ところが本作では、あっさりと捕まってしまう。
その理由は直後にわかる。シンディがロケットランチャーをぶっ放すという魅力的なシーンを展開させるためだ。
「さらわれた娘を元兵士の父親が取り戻す」という本流のストーリーはいたってシンプルだ。しかし、あちこちでこのような小技が利いているために、まったく退屈しない。
ツッコミどころは満載だが、それは脚本の不備や演出の不自然さが原因ではない。あくまで制作者の意図によるものだ。観ている側があえてそれに乗っかり、スタッフとともに作品を作り上げていく。
この“共同作業”のしかけこそが、30年を経ても語り継がれる作品にしているわけだ。
【ズドン!2】全編に漂うチャーミングさ
この作品の底流に流れる雰囲気。それを表現する言葉は「チャーミング」がふさわしいと思う。
映画の冒頭、背後から忍び寄る娘の姿を手斧の反射で見ているシーンから、すでにかわいい。このやりとりがあるから、「娘の奪還のためには手段を選ばない」という動機に妙な説得力が生まれる。
言うまでもなく、主人公のふるまいは知的とはいえない。行き当たりばったりだ。それも娘を想うあまり正気を失っているという説明がつく。
リアルな映画ではない。あくまで虚構としての「大いなる嘘」を楽しむ作品だ。だから、リアリティはいらないが説得力は必要だ。
娘のジェニー、ヒロインのシンディ、敵のベネット(!)と、どのキャラクターも愛くるしい。
アクション映画でありながら、まったく男くさくないところも、人気の秘密といえよう。
【ズドン!3】至高の日本語吹き替え版
商品としては、2バージョンの日本語吹き替え版の収録が目玉となる。同じ作品をバージョンの違いで何度も楽しめるのは、吹き替えならではだ(字幕だとここまではいかない)。
では、恒例の配役リストをコピペしよう。
[玄田哲章バージョン]
- メイトリックス ⇒ 玄田哲章
- ジェニー ⇒ 岡本麻弥
- シンディ ⇒ 土井美加
- アリアス元大統領 ⇒ 小林勝彦
- ベネット ⇒ 石田太郎
[屋良有作バージョン]
- メイトリックス ⇒ 屋良有作
- ジェニー ⇒ 冨永みーな
- シンディ ⇒ 小山茉美
- アリアス元大統領 ⇒ 千葉耕市
- ベネット ⇒ 青野武
個人的になじみのあるのは玄田さん版だったが、ほかのキャストはほとんど忘れており、初見に近い感覚で視聴した。
また、じつは屋良さんのほうが先に放映されたというのも驚きだった(『プレデター』のシュワちゃんは屋良さんのイメージがある)。しばらく時間を置いて、屋良さん版を視聴するつもりだ。
今回は、配役を紹介するに留め、両者の比較はいずれこのブログで行いたい。
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