『フェイクドキュメンタリーの教科書』で白石晃士監督が傑作を量産できる理由を探る

〈コワすぎ!〉シリーズや『ノロイ』『オカルト』『カルト』といったホラー映画の傑作を作り続けている白石晃士監督『フェイクドキュメンタリーの教科書:リアリティのある“嘘”を描く映画表現 その歴史と撮影テクニック』は、そんな白石監督が得意とする〈フェイクドキュメンタリー〉の真髄を語った本だ。

これを読めば、なぜ白石監督がこれほどまでに傑作を量産できるのか、その秘密に迫れるかもしれない。

制作秘話が書いてある

『フェイクドキュメンタリーの教科書』

この本を手にとる人は、白石監督の映画を観たことがあるはず。作品を知っていると、ページをめくる手が止まらない。

カラスを呼び寄せる方法

たとえば、『オカルト』のワンシーン。“とてつもないこと”を企む男ふたりが空を見上げると、カラスの大群が飛んでいる。このあと起こる怪異の予兆のように。

このカラスはCGや合成ではない──と、素人ながらに判断できた。では、どうやって撮ったのか? 「白石監督に映画の神がおりてきて、偶然あんな映像が撮れたのかな?」などと考えていたのだが……。

カラスが渋谷のスクランブル交差点上空に多数現れるシーンは、CGだと思っている人もいるようですが、あれをCGでやっていたとしたら相当な予算がかかります。[中略]あのシーンを撮るために実際にカラスを呼び寄せています。

やはり偶然ではなかった。「たまたま撮れちゃった」というていの映像を、綿密に計画・計算したうえで撮影していたのだった(実際の手順は本書を参照)。

ワンカットのように見せる手法

さらに、『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! FILE-04 真相!トイレの花子さん』では、以前にもふれたとおり、ワンカットで展開するシーンにまさに「戦慄」したが──。

舞台として学校と登場人物の家が登場し、その間を車で往復するのを全てワンカットのように見せているのですが、実は学校と家は全然別の場所です。

もちろん、実際はカットを割りながら撮影をしているのだろうと想像はしていた。しかし、できあがった映像は「カットを割っていると思う人もいるかもしれないけど、何度もリハーサルを重ね、一発撮りでやってます」と言われたら信じてしまうほどのシロモノだった。本書であらためて監督の口から事実が明言されたのは収穫だ。

役者として白石晃士を使う理由

白石作品には監督がみずから出演していることも多い。これにもきちんとした理由があった。

なにしろ役者・白石晃士は、監督の意見をすぐに理解できて、フェイクドキュメンタリーの芝居もある程度できるわけですから、そりゃあそんな便利な人、監督としては使いますよ(笑)。

ことほどさように作品の裏話が満載で興味がつきない。それが読めるだけでも本書はお金を出して買う価値がある、と断言できる。

とはいえ、「あのシーンはこう撮った」という話は、知的好奇心こそ満たせるが、自分が監督という立場で全く同じシーンを同じ状況で撮るのでないかぎり実践的とはいえない。あまつさえ、「白石監督がなぜ傑作を量産できるのか」の疑問は解けない。

さらに、分析を進めてみよう。

傑作の作り方が書いてある

『フェイクドキュメンタリーの教科書』

本書のコンセプトは「教科書」。つまり、これを読めば誰でも〈フェイクドキュメンタリー〉が撮れるようになる。すなわち、実際の作品作りに応用できるノウハウが書かれているということだ。

じつは、そこに白石作品が傑作になる秘密が隠されているのではないか。その視点から、ヒントとなる記述を拾ってみよう。

シーンを飛ばさない

白石監督は、巷によくある、安易にシーンを飛ばす作品を批判する。

シーンを飛ばすことでその場のスタイリッシュさとか、飛んだ感じの気持ち良さが出なければいけないのに、スタイリッシュにしたい演出意図ばかりが先立って、内容がおろそかになっている作品が多い。

白石作品は、ストーリーや設定こそ奇想天外ではあるが、目の前で展開している映像が何を意味しているかはわかりやすい。その理由のひとつが、この「シーンを飛ばさない」ということだ。

編集で退屈させない

白石監督は、徹底的に観る側に立つ。上記の「シーンを飛ばさない」理由も、観客の感覚を大切にしているからだ。たとえば、編集の極意をこう述べている。

決まりきった何かに沿って判断しているのではなく、観客として見たときの感覚を重視しているからです。

といっても、作品の作り手が受け手の視点を持つのは簡単ではない。自分の作ったものをときには否定しなければならない。それは至難の業だ。だが、そうしなければ、傑作は生まれない。そういうことなのだ。

音をおろそかにしない

〈コワすぎ!〉シリーズのDVDには特典としてメイキング映像が収録されている。その撮影風景を見ていて疑問に思ったことがある。

カメラマン役の白石監督がカメラを構え撮影しているのだが、そのうしろに音声マンがぴったり張りついているのだ。劇中では、音声はカメラに付属したマイクで収録している建前になっている(音声マンは“スタッフ”に含まれていない)。しかし、実際は専用のマイクで録っているわけだ。

なぜそうするのか?

本物のドキュメンタリーの場合、出演者は訓練されているわけではないので、明瞭には喋らない。私の作品でもあえて「日常で喋るような感じで」と要求することが多いので、小さめの声、やや不明瞭な声をちゃんと録音しておく必要があるんです。

それらしく見せるなら、音声は不明瞭のほうがいいはずだ。しかし、それはあくまで作り手が考える身勝手なリアリティーだ。観る側の感覚はおざなりになってしまう。

このように、細かい部分にいたるまで観客の視点に立った配慮が行き届いている。観る側の“つまずく”要素が徹底的に排除されることで、結果的に作品全体が「おもしろい」と感じられるわけだ。

お手本のDVDが付いている

『フェイクドキュメンタリーの教科書』

本書には付録としてDVDが付いている。タイトルは『白石晃士の世界征服宣言』。白石監督がみずから手本となる〈フェイクドキュメンタリー〉を制作し、DVDに収録しているのだ。「ほれ、おまえらもこんなふうに作ってみろよ」。白石監督のそんなメッセージがこめられた“指南書”というわけだ。

たしかに誰でも作れそう

撮影場所は監督の自宅やその周辺。カメラはiPhone。脚本の執筆から撮影終了までわずか1日。映像の編集にはAdobe Premiere Pro CC 2015が使われている(Premiereはプロ用のアプリケーションではあるが、素人が手を出せないわけではない。現に当ブログもこのアプリで動画を制作したことがある)。

なるほど。その気になりさえすれば誰でも〈フェイクドキュメンタリー〉が作れる。それを身をもって教えてくれている。メイキング映像と合わせて観れば説得力は抜群だ。

でもハードルは高そう

たしかに誰でも〈フェイクドキュメンタリー〉を撮れる条件は整っている。ただ、この『世界征服宣言』の肝は、脚本やカメラではなく、画面に映る役者にあるのではないか。

この『世界征服宣言』には、〈コワすぎ!〉シリーズでおなじみの久保山智夏氏、細谷佳央氏が本人役で出演している(もちろん、白石監督も登場)。白石流の〈フェイクドキュメンタリー〉の勘所を心得た役者が演じているからこそ、『世界征服宣言』は成り立っている気がする。

シナリオを渡されたその場で作品の趣旨を理解し、セリフを覚え、役作りをするなど、素人のできるワザではない。

脚本を書いたり、撮影・編集することは(出来栄えはどうあれ)誰でもできるとしても、優秀な出演者を用意するのは、ハードルが高そうだ。

言い方を変えれば、白石作品にはいい役者が揃っているから「おもしろい」ともいえるわけだ。

量産できる理由が書いてある

『フェイクドキュメンタリーの教科書』

最初の疑問に立ち戻ろう。

なぜ白石監督がこれほどまでに傑作を量産できるのか

「なぜ傑作を……」という疑問は、これまでの分析でわかった。

問題は「なぜ量産……」という点だ。その視点から、もう一度ヒントとなる記述を探してみよう。

自分では企画を出さない

自分で企画を考えてそれを持ち込むということはしませんし、現状ではやりたいとは思いません。なにより、まず生活するお金が足りませんからね。とにかく生活するお金を稼ぐために、次から次に仕事を受けなければいけないんです。

初っぱなから、答えが出た。つまり、生活費を稼ぐために次々と作品を作り出さなければならない。だから量産することになるというのだ。

身も蓋もない。ここまであけすけだと、かえって清々しい。もちろん、途絶えることなく仕事が舞い込むのは、白石監督が結果を出しているからだ。赤裸々な記述はハッタリでも謙遜でもなく、紛れもない真実なのだ。

そして、これは白石監督だけでなく、作品制作を職業としている人にとって共通する〈真実〉であろう。

疑問はすでに氷解したが、さらにページをめくってみよう。

現実を見据える

われわれ読者が〈フェイクドキュメンタリー〉を作るなら、撮影時間を2〜3時間に設定するとよいと、白石監督はアドバイスする。そうすれば、撮影が延びてもその日のうちに終わるからだ。

現実を考えて完成を前提に撮ることが重要です。

最終ゴールを見据えた作業の計画──。映画作りだけでなく、あらゆる仕事に通用する心構えだ。

予算は重要ではない

「お金がないから作れない」というのは、私に言わせれば完成させるつもりがないんです。完成させようと思っている人は、どんなことになっても完成させますからね。

映画を作るのは「お金のため」と言いつつも、制作費が少ないことを口実にしない。

与えられた条件や環境で全力をつくす。予算がないなら、知恵をしぼる──。これも、あらゆる仕事に応用できそうなセオリーだ。

じつは真の答えは別にある

『フェイクドキュメンタリーの教科書』

本書を読んで、映画作りの裏話で好奇心を満たし、傑作を生み出すノウハウも学べた。それはこれから白石作品を鑑賞する際の着眼点にもなる。

また、作品を量産する秘訣には、クリエイターのみならず、一般のビジネスパーソンにも通用する心構えが書かれていた。

まさに、得るものが大きい一冊といえる。

なぜ白石監督がこれほどまでに傑作を量産できるのか

今回の分析で疑問は解けた、いや、解けたことにしよう。

──と言った舌の根も乾かぬうちに、どんでん返しをするようだが(そう。あたかも白石作品のラストのように)、上の疑問に対する真の答えは「あとがき」に書かれた一文にあるかもしれない。それを引用して今回は締めくくろう。

映画に出会わなかったら、映画を作っていなかったら、私の人生はクソでミジメなものだったでしょう。だから私は、死ぬまで映画に尽くします。

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