予告編をドラえもんの大山のぶ代が務め、本編の日本語吹き替え版を、のび太・スネ夫・ジャイアンといった新旧の『ドラ』声優が担当していることで注目を集めた作品だ。
実際に鑑賞するまでは、本編のできばえがあんまりだから、日本語版のキャスティングで話題を作ろうとしているのかと思っていた。エンターテインメントとしては邪道ではあるが、本編がおもしろく観られるのならそれもアリかと思っていたら──。
その先入観は、プロの声優陣に対して、いささか失礼であったかもしれない。
もはや“国民的アニメ”の声優が結集していることなど、どうでもよい──というより、“国民的アニメ”でなじみのあるメンバーであることを逆手にとった共演ならぬ“狂演”、いや“狂宴”がドラ声優たちの手で実現されている。
これは絶対に日本語吹き替え版で観なければならない作品だ。本編の見どころとともに、日本語版の魅力を紹介しよう。
戦争末期の狂気が漂う映像
本作は、第二次大戦末期、ドイツに潜入したロシアの部隊が撮影した記録映像という体裁。いわゆるPOV(主観視点)の映像が展開する。
ロシアの兵士たちが目撃するのは、人体を改造し、無敵の兵器を造り出している博士の姿だ。POVによって、博士の狂気に切迫する映像が映し出される。これが本作の魅力のひとつだ。
物語は「頭のイカれたサイエンティストがとんでもないものを作っていた」というものだ。しかし、じつは狂っているのは博士だけでないことに気づく。
戦争中の兵士の精神は、現代人の感覚からすれば尋常な状態ではない。それゆえ登場人物全員に狂気が漂っているように感じる。これも本作のポイントだ。
あまりに稚拙な秘密兵器
では、そんな狂った博士が作った「武器人間」とは、どんなシロモノなのか。
これがなんとも稚拙きわまりない。腕に大きな鎌をくっつけただけとか、切れ味鋭いプロペラを頭につけただけとか。
「武器人間」という字面から、ともすればスタイリッシュな造形やアクションを期待してしまうが、本作のベクトルはまったく正反対だ。
POVであるがゆえに、「武器人間」に追われるシーンはそれなりに緊迫する。しかし、そもそも「武器人間」たちの戦闘力は高くない。主人公たちも武装しているわけだから、回避や撃退は難しくない。だから、その部分での恐怖感は限定的だ。
しかし、この秘密兵器の造形の稚拙さは、博士の狂気を体現している。その点がもっとも怖い。
「武器人間」たちを非現実的に、荒唐無稽に、ばかばかしく、チープに造れば造るほど恐怖度が増す。そんな高度なホラー表現になっているのだ。
〈陽〉の声優陣による〈陰〉の演技
狂気に満ち満ちた作品の日本語版にキャスティングされたのが、新旧ドラ声優たち。いわば〈陰〉の映画に〈陽〉の役者が集められた格好だ。ふだん〈陽〉の演技になじんでいるからこそ、〈陰〉の吹き替えが映える。
矛盾した表現だが、紛れもなくのび太、スネ夫、ジャイアンの声でありながら、しかし、作品の中でのび太たちはしゃべっていない。それほどまでに、“ドラらしさ”を消し去り、本作の“狂気”にぴったりハマる演技をしているということだ。とくにマッド博士演じる肝付兼太の“狂いっぷり”には背筋が凍った。
人間の狂気を間近で目撃したい人へ
人体破壊などのスプラッターな表現もある作品なので、万人にはおすすめできない。また、人造人間たちがバッサバッサと人を切り刻んでいく映画でもない。
あくまで、人間の心の闇に潜む狂気を間近で見たい感じたい。そんなあなたにぜひ観てほしいホラーだ。
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幼いころ、テレビで最初に観た映画がホラー作品だったことから無類のホラー好きに。ガールズラブ&心霊学園ホラー小説『天使の街』シリーズをセリフパブリッシングで執筆。
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