「洋画の吹き替え版のベストを選ぶとしたら?」と聞かれたら、迷うことなく「テレビ朝日版『ダイ・ハード』」と答える。これを越える日本語版にお目にかかったことがない。
今回は、その魅力について述べていきたい。
1.抜かりのないキャスティング
主役のジョン=マクレーンを演じるのは野沢那智氏。これはあまりに有名だ。
アメリカ映画では、主役を演じる俳優が大物とは限らない。本作品のブルース=ウィリスも、少なくとも日本では無名に近かった。
一方、吹き替え版では、日本の声優界の超大物・野沢氏を当ててきた。ブルース=ウィリス本人よりも演技力がある。そう言っても過言ではない。この配役の時点で、この作品の“勝ち”が確定したといっていい。
ここまでは、誰でもわかる。ほんとうに注目すべきは、そのほかのキャスティングだ。
- ハンス=グルーバー → 有川博
- カール → 玄田哲章
- ホリー → 弥永和子
- パウエル → 坂口芳貞
- ロビンソン → 小林修
- アーガイル → 江原正士
- ソーンバーグ → 安原義人
- タカギ → 阪脩
- エディ → 池田勝
- フリッツ → 曾我部和恭
- ジェームズ → 郷里大輔
- ビッグ=ジョンソン → 麦人
- リトル=ジョンソン → 谷口節
主要なキャラクターの配役を書き写すだけでも、「日本声優名鑑」の様相を呈してくる。下っ端のテロリストに至るまで抜かりがない。
たとえば、ふたりの「ジョンソン」が登場するのは物語の終盤だが、麦人氏、谷口氏といった重鎮が惜しげもなく投入されている。
また、マクレーンの通報を受ける婦人警官には佐々木優子氏(ほかの作品では主役級の声優)。こんなチョイ役にまで配慮が行き届いているのだ。
2.抑制と均衡の効いた演技
『ダイ・ハード』はアクション映画だ。だから、絶叫、激高、悲鳴など、オーバーアクションが主体になる。
しかし、「マクレーン夫妻の愛の回復」「パウエル巡査部長の名誉挽回」といったテーマが底流にある。そのため、人間ドラマの部分もきわめて重要になってくる。
この人間ドラマ部分のキモは、いかにそのキャラクターの存在感に厚みを持たせられるかだ。吹き替え版では、相当の演技力を必要とする。
マクレーン(野沢那智)とホリー(弥永和子)の口げんか。マクレーンとパウエル(坂口芳貞)との無線機を通じた交流。こうしたキャラクターの人間性が滲み出るシーンの出来栄えが素晴らしい。映像をとっぱらい、ラジオドラマのように声の演技の応酬を聞いているだけでも、十分に作品として成立してしまう。
このドラマがしっかりしているからこそ、アクションシーンが生きるわけだ。
3.映画自体の完成度の高さ
どんなに日本語吹き替え版がすばらしいものであっても、元の映画がつまらなければ話にならない。
『ダイ・ハード』という作品そのものが大傑作であることは、いうまでもないだろう。今回は、『ダイ・ハード』のレビューではないので、一例だけ挙げてみよう。
物語の序盤、パウエルがドーナツを大量に買い込んでいる。あきれ顔の店主に向かって、パウエルはこう言い訳する。
「女房が食うんだ。ふたり分な」
最初このシーンを見たとき、単にパウエルの奥さんが食いしん坊なのだと思った(初見のとき「あたしゃまだ小学生でした」)。
しかし、今ならこのセリフの意味がわかる。
ちょっと野暮だし、ややネタバレだが、あえて解説しよう。
ようするに、パウエルの奥さんは妊娠中ということだ。この描写はパウエルが「家庭的な男」であることを示している(ちなみに、さりげなくおつりを募金箱に入れたりしている)。そして、それが家庭崩壊の危機にあるマクレーンと対をなす存在となっているわけだ。
パウエルを演じるのは、日本語吹き替え版では坂口芳貞氏。もちろん、制作者の意図するこのパウエルの人物像を見事に表現している。
こういった例をいくらでも挙げることができる。
『ダイ・ハード』の場合は、もともと完成度の高い作品で、吹き替え版によっておもしろさがさらに加速しているわけだ。
いつかこの日本語吹き替え版を越えることを期待
冒頭に述べたように、このテレビ朝日版『ダイ・ハード』は洋画吹き替えの最高峰だ。裏を返せば、個人的にはこれを越えるものに未だ出会っていない(肩を並べるものはある。『エイリアン2』とか『バタリアン』とか)。
これは少し寂しい気もする。
もちろん、探せばどこかにあるのかもしれない。自分自身の探求不足も当然あるだろう。
だから、これからも追い求め続けていきたい。
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