不況下の日本で、若者による通り魔事件が頻発。やがて犯行は財界人テロへと激化する。背後には新興宗教政党の存在が見え隠れしていた──。江上剛『亡国前夜』はそんな物語だ。
今回はこの本の魅力を分析する。
1.日本に渦巻く閉塞感のリアリティ
主人公は通り魔に襲われ、辛くも難を逃れる。犯人はその場で自殺する。
「だいたいああした事件を起こす人間は、自己破壊、自殺願望がある。ところが自分で自殺をするくらいなら、世間の奴を殺して、死刑になりたいと迷惑なことを考えるんだ。だから自分では死なない」
この小説の序盤に描かれるのは、まさに私たちの住む現実の日本を覆っている閉塞感だ。だから、舞台設定をすんなり受け入れられる。リアリティを感じられる。
これが魅力のひとつだ。
2.ラノベ風のラブストーリー
主人公は通り魔の凶行からひとりの女を救う。それは新興宗教団体の“母神様”であった。しかし、それは本人の本意ではない。団体にスパイとして潜り込んだ主人公は、女を解放するために奮闘する。
このあたりは、「お姫様を救出する」というラノベ風の展開だ。
この主人公に感情移入できれば、熱い物語を堪能できる。
3.クーデターのダイナミズム
新興宗教団体が狙うのは国家転覆、クーデターだ。
物語の序盤はリアリティたっぷりだったが、終盤はフィクションならではのダイナミズムが楽しめる。
……とはいえ何かピンとこない
江上剛は、高杉良、池井戸潤と並んで、個人的に好きな経済小説家のひとりだ。
しかし、本作はどうもピンとこない。だから、レビューもいまいち奮わない。
上記の3つがこの小説のエッセンスであるのは間違いない。素材としてはいいものがそろっている。けれど、それらがうまくかみ合っていない気がする。
これが20〜30代のデビュー作ならわかる。「粗削りだが、将来に期待したい」といった批評もできる。でも、これはベテラン作家の作品なのだ。そう考えると、どうしても評価は辛くなる。
「ラノベ」それ自体を貶めるつもりはないが、ここでは悪い意味だ。つまり、軽すぎるし、ひねりがない。
憂国。これが作者の執筆動機になっているに違いない。秘めたる怒りがあるのだろう。
けれども、それが作品の形にまで昇華していない。
正直、こんなことは書きたくない。釈迦に説法。江上氏もこんなマイナーなブログに言われなくないだろう。
現実世界で起こっている事件の闇は、もっと深い。だから、江上氏にはもっと鋭く切り込んでほしかった。氏なら可能であったはずだ。
つくづく惜しい作品と言わざるを得ない。
読もうかな、読むまいかな?いや読もうかな、
やっぱりよそう。大体題名が仰々しすぎる…。
コメントありがとうございました。
たぶん期待している内容とは違うと思うけど……。お時間がありましたら、ぜひ読んでみてください。