日本のホラーといえば、異形はあからさまに姿を見せることなく、人しれず静かに忍びよって、生者を異界へと引きずりこむ。そんなイメージがあるし、これまでのジャパニーズ・ホラーの傑作はそうやって展開してきた。
本作『オカルトの森へようこそ THE MOVIE』は白石晃士監督の作品だから、そんな映画ではないだろうと、事前に情報を仕入れなくても予想できる。でも、「今回はもしかしたら違うかも……」という想いを抱きながら鑑賞を始めた。
冒頭の投稿映像で、部屋のなかに闖入してきた異形にビニール傘で応戦するシーンを観て、怪異が「人しれず静かに忍びよって」くるような映画ではないことを悟る。白石監督作品でおなじみの江野祥平氏がショットガンを背負っている姿を目の当たりにすると、それは確信に変わった。
本作の異形は、画面の端にチラリと映るとか、カメラをパンをすると姿が消えているとか、そんな奥ゆかしいふるまいは一切しない。物語はずっと日中に展開するから、そもそも暗いシーンがない。だから、暗闇に紛れこむなんて器用さも持ちあわせていない。正々堂々と真正面から人間に襲いかかってくる。
では、そんな強敵に襲われる恐怖に、観ている側は震えなければならないのか? それも、ない。本作に出てくるのは、みんな“おかしい人”ばかりだ。先述の江野氏はもちろん、投稿者の美貌に惹かれて取材を始める監督の黒石光司、どんな怪現象にも動じない助監督の市川美保、頭が別世界につながってしまっているとおぼしい投稿者の三好麻理亜、さらには偶然に乗りあわせたバスの運転手に至るまで、まともな人はひとりも登場しない。異形に恐怖する人がほとんどいない(怖がっているのは黒石監督だけ)。むしろ観ている側のココロには、彼ら・彼女らがなにかをやらかす様を観たくて「バケモノ、もっとがんばれ」などと倒錯した想いすら生まれてしまう。
奇想天外なバケモノを相手に奮闘しながら、まともでない人たちが画面せましと動きまわる。バケモノはそれなりに攻撃力があるから、基本的に逃げるしかない。だから、走る。とにかく走る。その疾走感と躍動感。ようするに本作はホラー映画ではなく、アクション映画であることに観ている側は気づかされるわけだ。そんなふうに頭を切りかえたら、目の前の映像に身をゆだね、ストーリーにただただ翻弄されればいい。
物語の舞台は、異形が巣くいはじめた家から始まり、山あいを走るバスの車内、最後は廃墟。ハリウッドの脚本のセオリーである〈三幕形式〉にのっとりながらストーリーが展開していく。終盤には、ほかの白石監督作品でお見かけした面々も姿を見せ、クライマックスのアクションへと流れこむ。観る側が期待する〈お約束〉を守りながらも、一方で予想も裏切っていく。さりげないストーリーテリングの巧みさにも注目したい。
終盤は、かなり陰惨な「虐殺」のシーンが連続するが、なぜか後味は悪くない。満足感と爽快感を覚えながら、映画を観おえることができる。
白石監督がこれまで創り出してきた映画の集大成のようでもあるし、あるいは新しい日本映画のカタチを提示する作品のようでもある。怖いホラー映画を期待し、その気持ちを引きずったままでいると楽しめないが、早々に頭を切り替えてしまえば、こんなに痛快な映画はほかにない。
白石監督作品のファンにも初心者にもおすすめできる快作といえる。
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