オウム真理教の裁判を見つめる森達也『A3』を読んでわかったこと

森達也『A3 エー・スリー』は、オウム真理教の裁判に迫るドキュメンタリーだ。本作は第33回講談社ノンフィクション賞を受賞した。

この本を読んでわかったことを綴ってみよう。

戦後最大の事件を日本の裁判は裁けない

本作を読んで初めて知った驚愕の事実。それは、もはや麻原彰晃に訴訟能力がないということ。

裁判で麻原は、まともな証言をしていない。精神異常のふりをしている。つまり詐病。そうメディアで報道されている。裁判所の判断も同じだ。私も純粋にそう考えていた。けれども、森によれば、麻原はほんとうに病気らしい。それでも裁判を強行する裁判所を森は厳しく糾弾する。

拘置所にいる麻原について、僕は「あること」を知っている。多くの拘置所関係者も知っている。でも、面会時に彼が頻繁に行うというその「あること」が何であるかは、今はこの誌面には書けない。書けない理由も書けない。
(中略)
だから須田賢裁判長に訊きたい。あなたはこの連載を読んでいるのだろうか。読んでいるのなら、たぶん「あのことか」と察しがつくはずだ。あなたはこれを知ってなお、麻原被告には訴訟能力があると断定するつもりなのだろうか。ならば僕は断言する。あなたのほうが普通じゃない。

記事掲載時に書けなかった「あること」は、この本を読み進めばわかる。

それは、麻原の自慰行為だ。

面会時における麻原の自慰行為は、多くの人が目撃している。演技ではない。射精もしている。
(中略)
確かに自慰行為は、健康な男子なら誰でもする。問題は、見知らぬ人や実の娘たちの面前で、これをできるかどうかだ。

オウム真理教の一連の事件において、最重要人物である麻原がこのような状態であること。そして、それを知らなかったことに衝撃を受けた。

さらに、ショッキングなのは、

「半年内の治療で軽快ないし治癒する可能性が高い」

と、麻原を鑑定した精神科医が述べていることだ。

だが、裁判は強行されている。結論を早く導き出すために。

もはや〈事件の真相を究明する〉のは絶望的だ。

もし麻原が森のいうような状態なら、裁判を一時休止し、治療にあたらせるべきだ。これは麻原の救済のためではない。私たち自身の生還のためだ。

真相が闇に葬られることになれば、事件の再発を防げない。第2、第3のオウム真理教の出現を防ぐことはできないのだ。

マスメディアの腐敗はなぜ起こるか

ネット上では「マスゴミ」という表現がよく使われる。個人的には好きな言葉ではないので、積極的に用いることはないが、気分は共有している。つまり、マスメディアはあまり信頼できない

だが、なぜそうなるのか。その理由がよくわからなかった。森はその一端を解明する。

つまりメディアとマーケット(視聴者や読者)の相互作用。互いに互いを刺激し合いながら高揚する。言ってみれば、視聴率や部数という神経伝達物質をやりとりするニューロン(神経細胞)とレセプター(受容体)の関係だ。削ぎ落とされた端数はやがてゼロ(なかったもの)になり、残された(わかりやすい)整数ばかりがすべてになる。
これはメディアの必然だ。回避はできない。だからこそこの端数に、常に思いを巡らすような接し方(リテラシー)が必要だ。

メディアリテラシーは、既存のマスメディアよりも、ネットメディアに接するときのほうがより重要だ。

「テレビや新聞、雑誌などと比べて、ネットのほうが信頼できる」なんてことはないだろう。むしろ逆。

だが、そのことはなかなか意識に上りにくい。だからこそ、より注意を要する。

マクドナルドの店舗における椅子は座り心地が悪い。だから誰も長居はしない。でも席を立つほとんどの人は、自分の自由意思で店を出たと思い込んでいる。長居をしたいという自分の自由意思が店によって侵害されたと思う人はいない。

この引用はメディアについて述べたものではない。でも、われわれが肝に銘じておかねばならない心構えだと思う。

事件のことはわからないがこの社会のことはよくわかる

前述のように、裁判で事件の真相が解明されることは絶望的だ。でも、司法、メディアなどを含めた、われわれの社会のことはよくわかる

なぜあんな事件が起こったのか。その理由と背景を今最も考えているのは(これほどに皮肉なこともないけれど)、この事件の実行犯であり、今は拘置所にいて死刑判決を受けている元信者たちだ。

麻原は数年以内に処刑されるだろう。そのとき社会は(つまり私たちの多くは)どのような反応を示すか。

それはきっと、圧倒的なまでの無関心だ。

無関心はまずい。われわれはこの裁判に向かい合わなければならない。繰り返すが、それは麻原やそのほかの被告たちを助けるためではなく、私たち自身の救済につながるからだ。

ぎゃふん工房(米田政行)

ぎゃふん工房(米田政行)

フリーランスのライター・編集者。インタビューや取材を中心とした記事の執筆や書籍制作を手がけており、映画監督・ミュージシャン・声優・アイドル・アナウンサーなど、さまざまな分野の〈人〉へインタビュー経験を持つ。ゲーム・アニメ・映画・音楽など、いろいろ食い散らかしているレビュアー。中学生のころから、作品のレビューに励む。人生で最初につくったのはゲームの評論本。〈夜見野レイ〉〈赤根夕樹〉のペンネームでも活動。収益を目的とせず、趣味の活動を行なう際に〈ぎゃふん工房〉の名前を付けている。

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コメント

    • たまたま農園
    • 2013.01.24 11:20pm

    森達也氏の分析はいつも鋭いですよね。
    無関心と主語の無い社会に警鐘を鳴らしている。
    社会を考える上での入口の部分というのが意外と見過ごされているからでしょう。もっと多くの人に読まれるべきですね。

      • 米田政行
      • 2013.01.25 12:24am

      たまたま農園さん
      コメントありがとうございました。

      アマゾンのレビューが1件しかなくてびっくり。
      売れてないのかな。

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ぎゃふん工房(米田政行)

〈ぎゃふん工房〉はフリーランス ライター・米田政行のユニット〈Gyahun工房〉のプライベートブランドです。このサイトでは、さまざまなジャンルの作品をレビューしていきます。

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