アニメーション作品のなかには主人公の〈仕事〉にスポットをあてているものがある。私たちビジネスパーソンがくみとるべきメッセージも多い。
ここでは、5つの傑作を読み解き、どのような仕事の〈哲学〉が含まれているか探ってみよう。
もくじ
【1】NEW GAME!
非現実的な理想の職場だから「仕事とはなにか」の初心に返れる
「お仕事アニメ」を鑑賞するにあたり、まずは新入社員を主人公にした作品を観てみよう。『NEW GAME!』は、高校を卒業したばかりの女の子がゲームの制作会社に勤める話だ。
主人公はきわめて社交的で、出社の初日から先輩や上司にも物怖じせず接している。小さいころから憧れていた職業であり、入社前から能力をきたえていたこともあって、就職からそれほど時間を経ずに重要な仕事をまかされている。職場の人はいずれも善人ばかり。制作会社だから徹夜の作業や休日出勤はあるものの、そのぶんの賃金は支払われるし、一段落すれば長めの休みもとれる。仕事に行きづまることがあっても、必ずその壁は乗り越えている。
まさに理想の新人であり職場。非現実的な世界が描かれた「天国アニメ」と評することができる(『ぎゃふん⑨』55ページ)。
本作を娯楽として楽しむのではなく、私たちがみずからの人生に生かせる〈哲学〉を読みとるとしたら?
「理想」が描かれているのなら、仕事の原点を思い出し初心に返るために鑑賞すべきだろう。その視点でみれば、やはり「自分はいったいなにをすれば幸せを感じられるのか」をあらためて見直すことが重要だとわかる。本作の主人公もそうやって困難を突破しているからだ。
絵を描くのが好きなのか、文章を書くのが得意なのか。チームのなかでリーダーシップを発揮したいのか、ひとりでコツコツとプロの技能を磨きたいのか。
定年の概念が崩壊しつつある今日、私たちはまだ“仕事人の人生”の折り返し地点にも来てはいないかもしれないが、仕事にどんな意義を見出すかは、この機会に立ちどまって考えていきたい。
NEW GAME!
原作●得能正太郎(芳文社「まんがタイムきららキャラット」連載)
監督●藤原佳幸
副監督●竹下良平
シリーズ構成●志茂文彦
キャラクターデザイン●菊池愛
総作画監督●菊池愛・岡勇一・天﨑まなむ・菊永千里
キャスト●高田憂希・日笠陽子・茅野愛衣・山口愛・戸田めぐみ・竹尾歩美・朝日奈丸佳・森永千才・喜多村英梨
©得能正太郎・芳文社/NEW GAME!製作委員会
【2】SHIROBAKO
だれもが想像しやすい職場だから主人公の青臭い行動も勉強になる
アニメの制作会社を舞台にした『SHIROBAKO』の主人公も駆け出しの女の子だ。アニメ好きの仲良し5人組がアニメ業界で成功をめざす。
アニメーターや声優といった花形の職種に就いた仲間もいるが、主人公の仕事は「制作進行」という地味で“縁の下の力持ち”の役割を果たすポジションだ。おもにやるべきことはプロジェクトの管理で、アニメ業界の事情にくわしくない私たちでも仕事の内容を想像しやすい。
さらには、アニメ制作に関わるさまざまな年齢層のスタッフの苦悩も描写されるため、40代でも共感できる作品に仕上がっている。
たとえば、これまで社会人生活を送るなかで、プロジェクトの停滞や停止の危機を経験したことのある人もいるだろう。
本作では、納期が差しせまっているのに、アニメ番組の難しいシーンを作画するスタッフがいない、という状況に陥る。生半可な腕で描けるシーンではない。作画マン探しに走りまわる主人公。奔走の結果、おなじ社内の地味な仕事を黙々とこなしていた最古参のスタッフが適任者だったことがわかる。じつはその人物は伝説のアニメーターだったのだ。
このストーリー展開はドラマチックで、なんと見事な脚本かと拍手喝采——といきたいところだが、本作の本領はこのあと発揮される。
本作はアニメ作品だから、件の「作画が難しいシーン」を劇中で再現しなければならない。いや、うまく誤魔化す手もあろう。それ自体は物語の本質ではない。
しかし、本作は逃げない。「作画が難しいシーン」をきっちり表現した。凄腕のアニメーターが実際に腕を振るっていたのだ。スタッフのクレジットを見ると、はたして実在する「伝説のアニメーター」がそのシーンを担当していたことが確認できる*注。
このエピソードはいわば“ノンフィクション”だったわけだ。
「結果がどうなるか、最後の最後までわからない」と粘りつづけることがときには必要ではないか、と本作を観て痛感する。シーンを担当するアニメーターが奇跡のように見つかったのは、主人公が最後まであきらめなかったからだ。
「そりゃ、ヒロインだもの」と斜に構えた見方もできよう。だが、主人公のふるまいに青臭さを感じるのではなく、うまくみずからの処世術に応用していきたい。
*注:実在する「伝説のアニメーター」とは井上俊之氏。携わった作品は『AKIRA』『魔女の宅急便』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』など、劇場用アニメを中心にビッグタイトルが並ぶ。
SHIROBAKO
原作●武蔵野アニメーション
監督●水島努
シリーズ構成●横手美智子
キャラクター原案●ぽんかん⑧
アニメーションキャラクターデザイン●関口可奈味
キャスト●木村珠莉・佳村はるか・千菅春香・髙野麻美・大和田仁美
©「SHIROBAKO」製作委員会
【3】中間管理録トネガワ
自分の冴えない日常も視点を変えればドラマチックになる
今度は私たちの等身大に近い人物が主人公の作品を観てみよう。
『中間管理録トネガワ』は、ギャンブルマンガの傑作『カイジ』シリーズのスピンオフ。主人公・カイジの前に強敵として立ちはだかった利根川幸雄(トネガワ)にスポットをあてた作品だ。本編のトネガワはまさに悪役のイメージだったが、本作では部下や上司に翻弄される“中間管理職”の男として描かれている。
本作の面白さは、過酷なギャンブルが展開する本編とおなじノリで、働く中年男の日常が描写される点だ。本編では数億円の報酬を得るためにみずからの耳や指を賭けて大勝負をする。本作ではその切迫感や緊張感をそのまま日常的な仕事の表現に持ちこんでいるのだ。
上司に叱責されるのを覚悟で企画書を提出するトネガワの姿は、まさに大金を賭けたギャンブルに興じるカイジのそれに重ねあわせられる。そこにおかしみが生まれるわけだ。
そんなコメディタッチの描写から私たちが人生訓を読みとるとすればなにか。
私たちが聴力を失うリスクを負ってまで賭け事にうつつを抜かすことは今後もおそらくないだろう。だが、大きな精神的負担を強いられる企画書提出のような事態はありうる。客観的には、ギャンブルと企画書提出のリスクは異なるが、主観的にはおなじなのだ。
いまの自分は冴えない日常を送っている。いや、他人から見ると、自分は冴えない。それが「客観的な見方」だと思っている。だが、じつは「客観的な人生」など存在しない。人生も世界も、すべてが「『心の中の』出来事」だからだ(『ぎゃふん⑩』43ページ)。
ならば、本作で表現されるように、自分の日常をドラマチックに変えてしまえばいいのではないか。他人から見れば平々凡々な(と主観的に思っているところの)自分のふるまいや自分に振りかかる出来事は、みずからの気の持ちようでいくらでも劇的なものに変えられる。
意識を変え、「世界を革命」すれば(『ぎゃふん⑩』20ページ)、主観的だけでなく、客観的にもみずからの人生は劇的なものになるはずだ。
中間管理録トネガワ
協力●福本伸行
原作●萩原天晴
漫画●三好智樹・橋本智広『中間管理録トネガワ』(講談社「コミックDAYS」連載)
監督●川口敬一郎
シリーズ構成●広田光毅
キャスト●森川智之・羽多野渉・島﨑信長・八代拓・西山宏太朗・小山力也・濱野大輝・江口拓也・石田彰
©福本伸行・萩原天晴・三好智樹・橋本智広/講談社・帝愛グループ 広報部
【4】笑ゥせぇるすまんNEW
【笑ゥせぇるすまんNEW】テレビスポット30秒 – YouTube
心が〈幸福〉でないからなにをやっても「隙間」が埋まらない
『笑ゥせぇるすまんNEW』の主人公・喪黒福造は、悩みを抱える人の前に前触れもなく現われ、問題を解決するモノやサービスを提供する。“セールスマン”と題されてはいるが、喪黒は「ボランティア」として無償で働いているため、厳密には「仕事」とはいえないかもしれない。
ここで着目するのは喪黒の仕事ではなく、“顧客”となる人物のほうだ。たいていは会社に勤めるビジネスパーソンであり、老若男女、抱える問題もさまざま。観る者は自分とおなじような悩みを持つキャラクターをひとりは見つけられるだろう。
喪黒が相手に差し出す名刺にはこう書かれている。「♡ココロのスキマ…お埋めします」。つまり、人は心に隙間があるから〈幸福〉でなくなっている。その隙間をモノやサービスで埋めれば〈幸福〉を得られる。これが喪黒の“セールストーク”の内容だ。
しかし、実際は顧客が喪黒の忠告を守らなかったために不幸に陥ってしまう。喪黒の「ド〜ン!」という掛け声をきっかけに、人生の坂を転げおちていく。劇中では、すべての人が〈幸福〉でない結末を迎えてしまう。
一見すると不幸をもたらしているのは喪黒のように見えるのだが、じつは「ド〜ン!」と言っているだけで、相手に特別なことはしていない。つまり、喪黒がなにもしなくても、遅かれ早かれ“人生のド〜ン底”にたたきおとされる運命だったのだ。
では、なぜ顧客たちの〈幸福〉は長続きしないのか。それは、モノやサービスでは「ココロのスキマ」は埋められないからだ。〈幸福〉は外界にはない。モノやサービスで〈幸福〉になるには、内界すなわち心が〈幸福〉でなければならない(『ぎゃふん⑩』40ページ)。喪黒は、その真実を相手に伝えていないのだ。
逆にいえば、心が〈幸福〉であれば、モノやサービスで「スキマ」は埋まる。喪黒が提示する解決策は、実在するならぜひ使ってみたい。観る者にそう思わせてしまうところが、本作の魅力でもあるわけだ。
笑ゥせぇるすまんNEW
原作●藤子不二雄Ⓐ
監督●小倉宏文
脚本●福島直浩・石川あさみ・夏緑
キャラクターデザイン・総作画監督●鈴木藤雄
キャスト●玄田哲章
©藤子スタジオ/笑ゥせぇるすまんNEW製作委員会
【5】はたらく細胞
細胞たちはカラダのために働くが私たちは自分のために働く
『はたらく細胞』は、その名のとおり人の体内で働く細胞を擬人化した作品。赤血球は栄養や酸素を運び、白血球は体外から侵入してきたバイ菌らと戦う。まさに細胞たちの仕事ぶりがダイナミックに描かれる。
彼ら・彼女らにはそれぞれ得意・不得意があり、みずからの果たすべき役割をきちんと自覚し、作業をそつなくこなしていく。そうしなければ、カラダの持ち主の健康や生命が損なわれてしまうからだ。そうなれば、自分たちも生存できなくなってしまう。
本作の舞台となるカラダを“国家”、細胞たちを“国民”のアナロジーと見ることは可能だろうか。国家を維持するために国民が働くという図式だ。その図式はわかりやすい。だが、〈幸福〉の観点からいえば、「国家のために国民がある」というのは前時代的で、やはり「国民のために国家がある」と考えるべきだろう。
劇中の細胞たちは、カラダ(国家)のために働いているわけだが、私たちはその部分は見習わず、「みずからの果たすべき役割をきちんと自覚し、作業をそつなくこなしていく」という姿勢のほうを真似るべきだ。なんのためかといえば、もちろん自分自身のため。役割や作業は自分が見極め、自分の命令にしたがって働く。それが自分を〈幸福〉にすることにつながっていくのだ。
はたらく細胞
原作●清水茜(講談社「月刊少年シリウス」連載)
監督●鈴木健一
シリーズ構成●柿原優子
脚本●柿原優子・鈴木健一
キャラクターデザイン●吉田隆彦
キャスト●花澤香菜・前野智昭・小野大輔・井上喜久子・長縄まりあ・櫻井孝宏・早見沙織・岡本信彦・中村悠一・千葉翔也・M・A・O・川澄綾子・遠藤綾・吉野裕行・能登麻美子
©清水茜/講談社・アニプレックス・davidproduction
ぎゃふん工房がつくるZINE『Gyahun(ぎゃふん)』
この記事は、『ぎゃふん⑩ 考えろ』に掲載された内容を再構成したものです。
もし『Gyahun(ぎゃふん)』にご興味をお持ちになりましたら、ぜひオフィシャル・サイトをご覧ください。
コメント