『シドニアの騎士』の〈シドニア〉で暮らす人たちから学べること

観ている者が感じる苦痛とは裏腹に、劇中の人物たちは、けっして辛そうにはしていない。

宇宙船〈シドニア〉で暮らす人々が巨大ロボットを操り〈奇居子ガウナ〉と呼ばれる巨大な生命体と戦うアニメ作品。

傑作である。なぜこんなにも面白いのか。それは、〈シドニア〉で暮らす人々が、われわれの“生きるべき道”を指し示しているからだ。

画と音と物語が超一級のクォリティー

シドニアの騎士

まず、一見してはっきりとわかるのが、映像の質の高さだ。

複雑なパーツで構成されたロボットが俊敏に飛びまわる。敵〈奇居子〉から無数の触手が縦横無尽に伸び、その肉体を構成する粒子が無秩序に浮遊する。

尋常でない緻密さを持った画面が全編にわたり展開するのだ。

これらは、伝統的なアニメ制作の手法である〈手描き〉の代わりに、CGを用いているからこそ実現できた映像だ。

登場人物もCGで描かれている。ともすれば無機質なキャラクターが動きまわるだけの作品になりがちだ。しかし本作には、血の通っていないモノは登場しない。いずれも温かみと愛嬌のあるモノばかりだ。

映像だけではない。

ロボットが宇宙空間を駆ける音。密閉されたコックピットで操縦士が発するうめきの声。巨大な宇宙船が重力をかけて旋回する軋み。

音響設計もテレビアニメの最高水準に達している。

もちろん、視聴者を画面に釘付けにする脚本や演出も超一級だ。

人々は〈息苦しさ〉に耐えている

シドニアの騎士

そんな卓越した技術力で表現されているのは、ひとことで言えば〈息苦しさ〉だ。

そもそも主人公が乗っているロボットの操縦席からして狭苦しい。舞台は宇宙空間であるから、空気がなくなり死へ直結することへの恐怖もある。

主人公たちが暮らす宇宙船〈シドニア〉は、街が丸ごとひとつ入っているような巨大なものだ。しかし、人工物には違いないから、地球上の街ほど盤石なものではない。ちょっとした不具合が発生するだけで、人々の生命を脅かしてしまう。

しかし、本作が持つ〈息苦しさ〉は、そういった物理的なものばかりではない。

〈シドニア〉は、つねに〈奇居子〉に襲われる危険にさらされている。たとえ〈シドニア〉そのものが攻撃されなくても、敵を発見したら、殲滅に向かわなければならない。

その戦いに駆り出されるのが、ロボットのパイロットである主人公たちだ。この〈シドニア〉においては、敵を倒すことだけが彼・彼女たちの存在意義。人としての“尊厳”も“人権”もない。敵と戦うロボットの“部品”のひとつに過ぎないのだ。

〈奇居子〉との戦いによって何人もの戦死者が出る。その重い事実さえも、指令室の巨大モニターの表示で表わされるのみ。

主人公たちの置かれた境遇に、観ている者は〈息苦しさ〉を感じてしまうのだ。

この日本にも〈奇居子〉の脅威がある?

シドニアの騎士

なぜわれわれも〈息苦しさ〉を覚えるのか。それは、主人公たちに自分の姿を重ね合わせるからだ。なぜ、同一視してしまう?

本作は、主人公たちが戦闘機を駆る話なので、〈戦争〉を描いているように、一見、思える。それを象徴するように、“平和主義者”のような集団が「戦争反対!」などと叫ぶ場面が(揶揄的に)挟み込まれたりする。作品の主題歌も軍歌をイメージしたものだ。

つまり、主人公たちのまわりにあるのは〈軍事的脅威〉。そして、この日本で暮らすわれわれにも、まさに〈軍事的脅威〉が迫っていることに気づかされる。これが〈息苦しさ〉の正体。

と言いたいところだが──。

たしかに〈奇居子=敵国〉のような等式を考えれば、上記のように解釈できる。だが、当ブログはその見方を採用しない。

そもそも〈奇居子〉は人知を超えた存在で、いったい何なのかまったくわからない。いつどこからどうやって襲ってくるのか見当もつかない。となると、敵国の軍隊というよりは、地震や火山の噴火などの自然災害のようなもの、といったほうが実態に近い。日本で生活する者としてはなおさらだ。

原発が爆発し、放射性物質がばらまかれ、汚染水は垂れ流し。地震や火山噴火もいつ起こっても不思議ではない。そんな脅威が現実に存在する日本で生きている身としては、本作の主人公たちの〈息苦しさ〉に同調せざるをえないわけだ。

息苦しくても生きなければならない

シドニアの騎士

そして、本作の真骨頂はこの〈息苦しさ〉の先にある。

観ている者が感じる苦痛とは裏腹に、劇中の人物たちは、けっして辛そうにはしていない。

仲間と一緒に食事をする。会話を楽しむ。綺麗な景色を眺める。そんな当たり前の〈生〉を満喫している。

そして──。

本作の登場人物は、クローン人間であったり、光合成が出来たり、男性でも女性でもない中性であったりと、人によって個人差が大きい。しかし、そのことが差別の原因になったり、争いの種になったりはしない。自分と他人との違いはその人の“個性”として受け入れ尊重し合っているのだ。

挙句の果てには、敵であるはずの〈奇居子〉から作られた巨大生命体さえも仲間として受け入れている。会話を交わしたり“抱き合ったり”するのは、なんと彼女(?)の〈触手〉だ。

いや、「受け入れている」のは、〈シドニア〉の人たちだけではない。作品を観ているわれわれも、いつの間にかその〈触手〉に親しみを覚え、“人間味”を感じてしまっているのだ。

この日本で生きる者として、そんな〈シドニア〉の人たちから学ぶべきことは多いのではないか。

社会レベルでは、自分たちの脅威に危機意識を持ち、適切に対処する。一方で、個人レベルでは、しっかりとみずからの幸福を追求する。いずれにしても、他人を“自分とは異なる”という理由で攻撃・排除している場合ではない。

そんな“われわれの生きる道”が本作から読み取れるのではないだろうか。

アニメ版『ジョジョの奇妙な冒険』アニメ『ジョジョ』(第3部)は原作の完全移植だが1つだけ違う

エイリアン アイソレーション『エイリアン アイソレーション』の〈エイリアン〉はゲーム史上最恐の敵

関連記事

  1. 人生の“勝率”アップには『のんのんびより』ひかげ…

    「結局この世は運次第」という諦観を持っています。成功は、どれだけ努力をした…

  2. 怪しい話に騙されないよう『咲-Saki-』知(の…

    恥ずかしくて情けない告白をします。最近、怪しい儲け話に騙されてしまいました…

  3. 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』

    『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の謎を本気で解明する…

    『エヴァ』の謎解きとは、すなわち設定や世界観を確認することだ。言うまでもな…

  4. 「自分は社会の“ゴミ”」と感じたら『こみっくがー…

    ついつい「自分はダメだ」と思いこむ。「自分はこの社会に必要のない人間なのだ…

  5. 他人に嫉妬したときは『あそびあそばせ』本田華子を…

    「毎日がつまらない」「どうも満たされない日々を送っている」。そんなふうに“…

  6. 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の謎を徹底的に解…

    「我らの願いはすでにかなった」「よい 全てこれでよい」『シン・エヴ…

  7. アニメ「ジョジョ」はなぜおもしろいか? 遅ればせ…

    忙しい日常を送っているとき、ふと頭をよぎることがある。「自分は大切な何かを忘…

  8. “クソ仕事”に取り組むときは『エヴァ』戦自師団長…

    ふつうの仕事人ビジネスパーソンであれば、“クソみたいな仕事”に取り組まなけ…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ぎゃふん工房とは……?

Gyahun工房のアイコン

〈ぎゃふん工房〉は、フリーランス ライター ユニット〈Gyahun工房〉のプライベートブランドです。

このサイトは、収益を目的とせず、みなさんといっしょにさまざまなジャンルの作品を楽しむために制作しています。

プロフィール

このサイトのコンテンツは無料でお楽しみいただけますが、もし内容がお気に召しましたら、下のボタンより“コーヒー代”のご寄付をお願いします。

『天使の街』ミュージックビデオ

最近の記事

PAGE TOP