「精神的に向上心のあるもの」が必ずしも幸福になるとはかぎらない。だから、向上心を持たずに生きていく——人生のハズレくじを引いてしまった者は、これがこれからの人生戦略になる。とはいえ、具体的にはどうすればいいのか? ここで参考にするのは自己啓発書の類いではない。マンガや小説などで描かれるフィクションの世界だ。さまざまな作品に登場する男たちの生きかたから人生の教訓を学ぼう。
もくじ
地獄に堕ちた男の行動から休日の過ごしかたを学ぶ──『1日外出録ハンチョウ』
本作は、ギャンブルマンガとして人気を集める『カイジ』シリーズのスピンオフだ。主人公はヒーローでも、ふつうの人間でもない。むしろ、人生を舐めきったクズだ。彼から学べることとは?
焦らず、あわてず、ココロをおちつかせ、休日を満喫する
主人公の大槻は、多額の借金を返済するため、地下の強制労働施設で働いている。ふだんは監禁状態にあるが、金がたまると「1日外出券」を購入して、(監視付きながら)1日だけの自由を満喫している。大槻の姿は、社会の底辺で毎日のように仕事に明けくれ、休日だけココロを解放できる私たちと重なる。そんな大槻から、「束の間の休息を満喫する方法」を学ぶなら……?
ふつうの人が「1日外出券」を使った場合、貴重な時間をムダにしまいと開始早々に走りだし、さまざまなモノに手を出して、気づいたらタイムアウト。結局、満足感を得られずに終わってしまう。
大槻はちがう。焦らない。制限時間(24時間)のカウントダウンが始まっても、まずはココロをおちつかせる。数時間はセーターの毛玉をとることに熱中したり、そのへんに捨てられていた雑誌を読みふけったりする。
つまり、ココロの平穏こそが幸福感につながることを、大槻は知っているのだ。
おそらく、強制労働にはげんでいる最中も、次の「1日外出券」でなにをするか、綿密な計画を立てているにちがいない。そのための情報収集も、前回の「外出」の際におこなっているのかも。
大槻の“シャバ”での過ごしかたには、もうひとつ特徴がある。それは、ほとんど金が必要ないこと。私たち底辺サラリーマンの安月給でも実現できるところが魅力だ。
▼「1日外出券」の制限時間のカウントダウンがスタート。はしゃぐ仲間に対し、大槻はココロをおちつかせることが大切だと説く。
▼大槻は、「1日外出券」で“シャバ”に出ても散財はしない。こじんまりとしたカフェや、場末の定食屋などでグルメを満喫する。
ココロの平穏と綿密な計画があれば幸福感は得られる
不可思議な暮らしをする男から人生のヒントを得る──『Mr.ビーン』
イギリスのコメディ番組『Mr.ビーン』。主人公・ビーンの暮らしは不可思議なことばかりだが、よく観察してみると、私たちの幸福追求のヒントも多く転がっていそうだ。
「自分のしたいこと」をするのがもっとも幸せ
それにしても、ビーンの生活には謎が多い。そもそもどうやって生活の糧を得ているのかわからない。どこかに務めていたり、商売をしていたりする描写はない(劇場版では美術館で働いているが、これは映画のみの設定だと思われる)。もしかしたら、とてつもない財産家なのかもしれない。いずれにしても、暮らしぶりはそこまで豪勢というほどではない。むしろ吝嗇家と言ったほうがいいだろう。
ビーンはどうやって人生の充足感を得ているのか? この作品を観るたび、そんな疑問がアタマに浮かぶ。
仕事はしていないみたいだから、そこで満足感や達成感を得ているわけではないだろう。買い物に行っても、高級品を手に入れるわけではなく、物欲もあまりなさそうだ。友人やガールフレンドはいちおういるようだが、ほとんどの場面でひとりで行動している。
ここが最大の注目ポイントといえる。つまり、ビーンは孤独を愉しむことができる男なのだ。
孤独を愉しむには、自分がどんなことをすれば幸せを感じるのかを知っていなければならない。豪勢な暮らしが必ずしも楽しいわけではないし、高級なもので満足できるとはかぎらない。
実際、ビーンがなにかをしているとき、その表情は幸せにあふれている。みずから「したい」と思ったことを、思ったとおりにしているのだから当然だ。
そのあととんでもないことが起こるのも、お決まりなのだが。
▼公園のベンチでランチを楽しむビーン。食事にもこだわりを見せる。氷枕を手にしているのは気になるところだが……。
▼自然のあふれる場所で、読書とお菓子を満喫。もちろん、このあとすぐおちついてはいられない事態に……。
▼ビーンは大学のような場所で試験を受けている。ということは学生なのだろうか?
▼図書館では古い文献を閲覧している。文化的な素養もあるようだ。修正液でなにかをやらかしそうだが……。
ⒸTiger Television Ltd 1989-1993 ⒸTiger Aspect Productions Ltd 1993/1995
逃亡生活を送る殺人鬼から安息の得かたを探る──『ハンニバル』
トマス=ハリスによるサスペンス小説『ハンニバル』に登場するハンニバル=レクターは、精神科医で殺人鬼だ。逃亡生活をつづける身だが、そこに人生の教訓は眠っていないか?
社会から排除された孤独な男も幸福感を得られる
『ハンニバル』の主人公はFBI捜査官のクラリス=スターリングだが、レクター博士は、その圧倒的な存在感からもうひとりの主人公といえよう。
レクター博士に関する描写は、その残虐性や狂人性が際立つが、古典に対する知識、文化的な素養にも注目したい。
レクター博士は、FBIに追われる身であるから、ふつうの人のように家庭を築くことはできない(彼ほどの狡猾さがあれば、もしかしたら可能かもしれないが)。仕事はしているが、同僚とココロを通わせたり、行動をともにしたりはしない。
つまり、他人から見れば、きわめて孤独な男だ。殺人鬼でもあるレクター博士と私たちに共通点を探すとすれば、社会から見向きもされない点が似ていると言えそうだ。
レクター博士は、イタリアの宮殿で翻訳家兼司書の職を得ている。長年せまい独房に閉じこめられていた博士は、高い天井の建物に身を置くだけでも幸福を感じることだろう。
また、数百年前までさかのぼる文書や書簡がおさめられた宮殿は、知的好奇心を存分に満たすことができる。
さらに、さまざまな事情でイタリアを脱出し、アメリカに住処を見つけたときも、高級な調度品で家を飾りたてている。
〈知〉や〈感性〉がみずからを悦ばせ、幸福をもたらす——。博士の逃亡生活から、そんなことを学びとれるのだ。
▼博士は自分の身を隠せると同時に、みずからの欲望を満たせる場所を逃亡生活の拠点に選んだ。
まず、この館の各室の広さと天井の高さは、多年狭い独房に閉じ込められた博士にとっては重要な意義を持っている。
[中略]
十三世紀初頭にまでさかのぼる文書と書簡を集めたこの稀有な図書室にいると、彼は自分自身の身上に関する好奇心を心ゆくまで満たすことができるのである。
ここは七百年余の昔、ドメニコ会の修道僧たちによって創られた薬舗である。奥の内扉まで伸びている廊下で博士は立ち止まり、両目を閉じて顔を仰向けると、名高い石鹸やローションやクリームの芳香、作業室に並ぶ各種の原料の香りを心ゆくまで吸い込んだ。
▼博士は美食家でもある。やはり〈食〉は幸福感につながりやすい。
そのときになって初めて、こっそりと周囲を見まわしてから、レクター博士は前席の下から自分だけの食事をとりだした。それはパリの高級食料品店フォションにつくらせたもので、黄色に茶色の筋の入った優美な色合いのボックスに詰められていた。その上から二つの補色のリボンがかけられているのだが、その素材も上品な薄いシルクだ。レクター博士が用意させたのは、素晴らしい芳香を放つトリュフを添えたフォア・グラと、茎の切口からいまも白い汁が滲みでているアナトリア産のイチジクだった。それとお好みの赤ワイン、サン・テステフのハーフ・ボトル。シルクのリボンが低くささやくような音とともにほどかれる。
みずからを悦ばせるのは〈知〉や〈感性〉にもとづく文化的な生活
超人的なヒーローが生きかたを教えてくれる──『ウルトラマンオーブ』
ウルトラマンといえば、文字どおり「超人」であり、私たちのようなヘボ人間とはくらべようがない。しかし、ある1点に注目することで、これからどうやって生きていけばいいか、光明が見出せる。
無敵の超人も人間とおなじように挫折することがある
2016年に放送された『ウルトラマンオーブ』は、過去のウルトラマンにはない特徴がある。主人公のウルトラマンは本来の力を失っており、ほかのウルトラマンの力を借りなければ怪獣と戦えない、ということだ。
主人公は、歴代ウルトラマンの力を宿したカードを持っており、状況に合わせてカードを2枚選び、ウルトラマンに変身する。番組のキャッチコピーは「光の力、おかりします!!」。悪く言えば、完全に“他力本願”のヒーローだ。
水木一郎氏が熱唱する主題歌には、こんな歌詞がある。
何度倒れても 立ち上がればいいのさ
そう。倒れてしまった者が再び立ちあがるためには、他人の力を借りることも必要なのだ。それは他人を踏み台にすることではない。
エンディング曲にはこんな歌詞もある。
君を 取り戻せ
「人はひとりでは生きていけない」とよく言われる。社会の底辺に堕ちてしまったら、他人の力を借りてでも這いあがればいい。そのあと自分を取りもどせばいい。オーブはそう教えてくれている。
▼本作には科学特捜隊のような組織は存在しない。怪獣を研究する民間の集まりがあるだけ。ウルトラマンは風来坊のようにそこに居候している。
▼オーブが頼りにするのは、先輩のウルトラマンの力が秘められたカードだ。状況に応じて2枚のカードを選び、ウルトラマンに変身する。
挫折した者が本来の力を取りもどすには他人の手も必要
Ⓒ円谷プロ Ⓒウルトラマンオーブ製作委員会・テレビ東京
孤独な男たちの生きかたが参考になる
人生において、ほんとうの幸福はどこにあるのか? もちろん、人によってさまざまだが、人生のハズレくじを引いてしまった者が、〈精神的に向上心のないもの〉として生きていく方法は、フィクションの世界の住人が教えてくれる。
まず必要なのは、ココロの平穏を保ち、綿密な計画を立てること。その前提として、自分がどうすれば幸福を感じるかを知っておくことだ。また、〈知〉や〈感性〉を身につけて文化的な生活を送ることで、より高い幸福感を得られるだろう。
人生のハズレくじを引いた者は孤独だ。逆に、孤独だから人生を「ハズレ」だと感じてしまうのだろう。そんなふうに挫折した者が、本来の自分を取りもどし底辺から這いあがるには、他人の手を借りることも必要。超人のような力を持ち、勝利を勝ちとってきた男でさえ、そうしているのだ。
ぎゃふん工房がつくるZINE『Gyahun(ぎゃふん)』
この記事は、『ぎゃふん⑨ 精神的に向上心のあるものは馬鹿だ』に掲載された内容を再構成したものです。
もし『Gyahun(ぎゃふん)』にご興味をお持ちになりましたら、ぜひオフィシャル・サイトをご覧ください。
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