〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉とは?

あらためて問題の所在を確認しておこう。ぼくの新理論〈イマジナリー世界〉説を図にすれば下のようになる。

『新劇場版』においては、一般的な理解(『旧劇場版』を含む)とは異なり、〈現実〉よりも〈虚構〉のほうが上位概念となっている。つまり、〈虚構〉のほうに優位性がある。したがって、「〈現実〉=劣/〈虚構〉=優」と理解するのが自然だ。しかし、物語上、善側のミサトたちは反対に「現実=優」と考えており、構造がねじれている。いいかえれば、このままではぼくの〈イマジナリー世界〉に不備があることになる。

ここからはこの不備を解消していこう。

〈イマジナリーナンバー〉が『新劇場版』の謎を解く鍵

『シン・エヴァ』において〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉はきわめて重要な存在であるとぼくは考えている。なぜなら、物語の中盤で〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉が動き出してから終盤に〈ネオンジネシス〉が発動するまでの一連のシーンは、極論すれば、ことごとく〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉に関連する現象だからだ。したがって、〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉の正体の解明をすることなしに『エヴァ』の謎解きは成り立たないとさえいえる。

〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉について〈事実〉(=劇中の描写)を確認しよう。

icon-arrow-circle-down ゲンドウがものすごく丁寧に説明してくれている。

エヴァンゲリオンイマジナリー。
葛城博士が予測した現世には存在しない想像上の、架空のエヴァだ。
虚構と現実を等しく信じる生き物、人類だけが認知できる

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
©カラー

「イマジナリー」は「想像上の/架空の」という意味だから、「想像上のエヴァンゲリオン」としてゲンドウの説明をぼくたちは素直に受け入れられるだろう。また、「虚構」という表現も出ていることから、「虚構のエヴァンゲリオン」と考えることもまた違和感はないであろう。

ちなみに、「エヴァンゲリオン」といいながら、シンジには(また劇中の表現においても)「黒いリリス」に見える点はのちほど考察する。

さて、『新劇場版』では「〈虚構〉と〈現実〉の関係」が一般的な構図とは異なっていることをこれまでくりかえし述べてきた。〈現実〉より〈虚構〉のほうが優位である、というのが『新劇場版』における世界観だ。〈虚構〉に対して肯定的な意義を見出しているといえる。

この点をもう少し掘り下げてみよう。

あなたは〈虚構〉という言葉を聞いたとき、「嘘」「偽り」「まやかし」「ごまかし」といった、どちらかといえば否定的な言葉を思い浮かべるのではなかろうか。

たとえば、『旧劇場版』の次のセリフは、その一例といえるだろう。

icon-arrow-circle-down 〈人類補完計画〉が進行するなかで、シンジとレイが会話する。

虚構に逃げて、真実をごまかしていたのね

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』
©カラー/EVA製作委員会

反対に、肯定的な意義を〈虚構〉という概念に見出す例はあるだろうか。ぼくが思い浮かべたのが〈虚数〉だ。英語では「imaginary number(イマジナリーナンバー)」と言い、〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉を容易に想起させる。

教科書的な定義を述べるなら、〈虚数〉とは「2乗するとマイナスになる数」のことで、これは〈マイナス宇宙〉を想起させる。

もしも〈虚数〉が発明されていなかったとしたら、ぼくたちの生活はどうなっていたか? くわしい説明は専門家におまかせしたいが、たとえば『エヴァ』を表現するためのコンピューターグラフィックスも〈虚数〉がなければ実現しなかっただろう(インターネットを通じた作品の配信もできないはず)

〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉を〈虚数(イマジナリーナンバー)〉のアナロジーで考えると、『新劇場版』の世界観では、〈虚構〉とは「嘘」「偽り」「まやかし」「ごまかし」などではなく、「有用なもの」「なにかを実現するための手段」などといった肯定的な意義を見出しているといえる。

〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉も〈虚数(イマジナリーナンバー)〉もともに人間の「想像上」の存在であるが、科学や文明の発達には不可欠なものであるわけだ。

ゲンドウは『エヴァ』制作陣の代弁者

ここで、『エヴァ』の物語から一歩距離を置いてみると、ゲンドウが〈虚構〉に意義を見出しているように、『エヴァ』制作陣もみずから作品という〈虚構〉を生み出している者として、〈虚構〉を肯定的にとらえているのではないかとぼくは考えている。

反対に『旧劇場版』では〈虚構〉には否定的だった。〈虚構〉たる『エヴァ』で〈虚構〉を自己否定しているところに『旧劇場版』のおもしろさがあるのだが、『新劇場版』では逆転させ、したがって正当に〈虚構〉というものを評価していることになるだろう。

ゲンドウは〈虚構〉にプラスの価値を見出しているわけだが、ゲンドウが悪として描かれているからといって、制作陣は『エヴァ』の〈虚構〉に対する価値観までも否定しているのではない(むしろ悪の側のキャラクターが言っているからこそ、〈虚構〉のプラスの価値が強調される)。

そんなふうに『新劇場版』をとらえるほうが、物語に対する理解と味わいが深まるのではないだろうか。

『新劇場版』の対立軸は〈希望〉と〈絶望〉

さて、ミサトたちが優位性の低い〈現実〉のほうを優としている(ように思える)点をどのようにとらえるべきか。

『シン・エヴァ』の物語の構図としては、ゲンドウ(ネルフ) vs ミサトたち(ヴィレ)の対立が描かれているわけだが、その対立軸は「〈虚構〉 vs 〈現実〉」ではない、と理解すれば問題を解決できる。

『シン・エヴァ』の対立軸は先に見たように

私たちは神に屈した補完計画による絶望のリセットではなく希望のコンティニューを選びます

であるから、「〈絶望〉 vs 〈希望〉」と考えるほうが正確な物語理解になる。実際、『シン・エヴァ』において「絶望と希望」はキーワードになっている。

第13のエヴァ。希望の初号機と対をなす、絶望の機体だ。

絶望と希望の槍が互いにトリガーと贄となり、虚構と現実が溶け合い
全てが同一の情報と化す

ぼくが過去に考察したように(そして誤解してしまったように)、もしも『シン・エヴァ』が〈虚構〉から〈現実〉へ突破する話だったとしたら、「〈虚構〉 vs 〈現実〉」と発想するのは合理的だったかもしれないが、実際はそうではない。

この点をふまえると、ミサトたちは〈虚構〉に対してとくに価値判断はしていないと考えられる。ゲンドウが〈虚構〉の世界たる〈マイナス宇宙〉に到達したり、〈虚構〉の産物である〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉を利用したりするのは、あくまでみずからの野望を実現するための手段であって目的ではない(過去のぼくの〈考察〉では、〈虚構〉への突破はむしろ目的でもあった)

ミサトたちが否定しているのは、もちろんゲンドウの野望という「目的」のほうなので、そのための「手段」である〈虚構〉については、とくに意識していない(劇中で言及されていない)と見なすのが得策だ。

当然ながら、「ミサトたちが優位性の低い〈現実〉のほうを優としている」という点は、ぼくの過去の〈考察〉をふまえなければ、そもそも問題にならず、一般的には無視しうる事柄といえる。

〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉はゲンドウの目にどう映ったのか?

ところで、〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉には、さらに興味深い事柄がある。

シンジ「……これは
黒いリリス?」
ゲンドウ「お前の記憶ではそう映るのか」

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
©カラー

〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉は見る人によって外見が変わるようだ。この点についてはゲンドウから説明がある。

マイナス宇宙を我々の感覚機能では認知できない
故に、L.C.L.が知覚可能な仮想の世界を形成している

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
©カラー

ここで2つの疑問がわく。

  • なぜシンジには「黒いリリス」に見えたのか?
  • ゲンドウには〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉はどう見えていたのか?

この問題の解決には興味がそそられるものの、〈シャシン主義〉の第二原則により〈考察〉の必要はないといえる。ただ、この問題を解決することによって、『エヴァ』の物語をより深く理解できるとぼくは考えている。

「黒いリリス」については別途あつかうとして、ここで考えたいのはゲンドウのほうだ。ゲンドウの目には〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉はどう映っていたのか? 2つほど仮説を立ててみよう。

[仮説1]ゲンドウには「白いリリス」に見えていた

シンジには「黒いリリス」に、ゲンドウには「白いリリス」に見えていた。まずはその可能性を挙げられるだろう。根拠のひとつは、実際このあと〈リリス〉は白くなるからだ。

icon-arrow-circle-down 〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉は動き出すと白く変色する(ように見える)。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
©カラー

もちろん、ゲンドウには実際にどう見えていたのか、劇中で〈描写〉されていないため肯定も否定もできない。ただ、これは単なるぼくの感想だが、「シンジに『黒く』見えていたものがゲンドウには『白く』見えていました」というのは意外性がなく、あまりおもしろくない。強いていえば、ゲンドウが「お前の記憶ではそう映るのか」と、カラーリングのちがいだけで、わずかながらも驚きの感情をにじませているのは、やや違和感がある。

そこで、ぼくは次の仮説を支持したい。

[仮説2] ゲンドウには〈エヴァンゲリオン〉に見えていた

〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉はゲンドウには〈エヴァンゲリオン〉に見えていた。この可能性が高いとぼくは考えている。その根拠は、ずばりゲンドウが「エヴァンゲリオン」と表現しているからの一言に尽きる。

自分には〈エヴァ〉に見えているのに、シンジが「リリス」と言ったから少し驚いた、というのが真相ではないだろうか。

もちろん、「ゲンドウには〈エヴァンゲリオンイマジナリー〉はどう見えていたのか?」の正解は永久に判明しないわけだが、前述のとおり、この問題を考察すること、そして「ゲンドウには〈エヴァンゲリオン〉に見えていた」と考えることには、『エヴァ』の物語を理解するうえで意義がある。

それは『エヴァンゲリオン』という物語の世界において(ここではとくに『新劇場版』に限定するが)、〈エヴァンゲリオン〉とはどういう存在なのか。その点に深く関わっていくからだ。

あらためて『新劇場版』における〈エヴァンゲリオン〉について考えてみることにしよう。

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ぎゃふん工房(米田政行)

瑞乃書房株式会社 代表取締役。ゲーム・アニメ・映画・音楽など、いろいろ食い散らかしているレビュアー。中学生のころから、作品のレビューに励む。人生で最初につくったのはゲームの評論本。〈夜見野レイ〉〈赤根夕樹〉のペンネームでも活動。収益を目的とせず、趣味の活動を行なう際に〈ぎゃふん工房〉の名前を付けている。

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〈ぎゃふん工房〉は瑞乃書房株式会社 代表取締役 米田政行のプライベートブランドです。このサイトでは、さまざまなジャンルの作品をレビューしていきます。

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