藤井太洋『Gene Mapper』を電子書籍入門者に勧める理由

紙の本を押しのけAmazonで1位を獲得したことで注目を集める『Gene Mapper(ジーン・マッパー)』。これは電子書籍の入門者、SF好き、そしてゲーマーにぜひオススメしたい傑作だ。

その理由を書いていこう。

1.地続きの世界観

物語の舞台は2037年。今より科学技術が発達した近未来だ。

この作品で扱われる「科学技術」はおもに2つ。〈遺伝子工学〉と〈拡張現実〉だ。

作品中の登場人物は、これらの技術を当然のように使いこなしている。〈遺伝子工学〉は、とどのつまりプログラミングだ。作物をコンピュータ上で作り上げてしまう。そんな技術だ。

読者がシステム・エンジニアやプログラマーであれば、すんなりシンクロできるかもしれない。

でも、読者のすべてがプログラミングにくわしいわけではない。そんな人でも、彼らが何をやっているかは、なんとなくわかる。

なぜなら、この作品の世界観は、われわれの住む現代と地続きであるからだ。

スマートフォンやタブレットで、この電子書籍を読む。それができる知識があるならば、細かい専門用語が理解できなくても、十分に楽しめる。

ようするに、〈デジタルで本を読む〉ことと、〈プログラミングで穀物を作る〉ことが、奇妙なアナロジーになっているのだ。電子書籍初心者ほど、その類似性に気づきやすい。

電子書籍入門書として推薦する理由はそこにある。

2.ゲーマーには親和性の高い設定

〈拡張現実〉の描写を読んでいるとき、PlayStation3『HEAVY RAIN 心の軋むとき』というゲームを思い出した(実際にプレイしたのではなく、ニコニコ動画のプレイ動画を見ただけだが)。

このゲームに登場するFBI捜査官がまさに〈格調現実〉を使い、『ジーン・マッパー』のキャラクターと同じようなことをしていた。

また『メタルギア ソリッド』を思い起こさせる描写もある。

ゲーマーにはじつに親和性の高い小説といえるだろう。

物語の終盤では、もうひとつの有名ゲームを想起させるが、これはネタバレにならないよう秘しておこう。

3.セルフパブリッシングの金字塔

以上は、あくまで小説としての魅力だ。それはそれで価値のあることだけど、「おもしろい小説」というだけでは驚きはしない。

やはりこれが「セルフパブリッシング」で作られたということに着目せざるを得ない。

初めて書いた小説を出版社を通さず、自力で電子化。プロモーションも自前。そしてAmazonでトップを獲得。

まさに硬直化したアンシャンレジューム(古い体制)を打ち破る突破口。われわれの出発点であり、めざすべきゴール。そんな希望と輝きに満ち満ちている。

物語の完成度よりも、そちらのほうが、この作品の卓越性といえる。

さらに物語が広がってほしい

強いて残念なところを挙げるなら、物語が短いことだろうか。この世界観・設定にもっと浸りたかった。良くも悪くもそう思わせる。電子書籍としての読みやすさを考えてのことだろうから、短いこと自体は非難に値しない。それに、スピンオフ的な作品も発表されているので、その願いは叶わないでもない。

でも、ひとつの作品の“パッケージ”としては、物足りないところで完結してしまうのは事実。紙の本を読む時の感覚でいえば、これは「惜しい」と思ってしまう。

とはいえ、これは電子書籍なので、紙の本とは別の評価基準があってもいいのかもしれない。

電子書籍をレビューするための基準作り。個人的にはこれが今後の課題だ。

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ぎゃふん工房(米田政行)

ぎゃふん工房(米田政行)

フリーランスのライター・編集者。インタビューや取材を中心とした記事の執筆や書籍制作を手がけており、映画監督・ミュージシャン・声優・アイドル・アナウンサーなど、さまざまな分野の〈人〉へインタビュー経験を持つ。ゲーム・アニメ・映画・音楽など、いろいろ食い散らかしているレビュアー。中学生のころから、作品のレビューに励む。人生で最初につくったのはゲームの評論本。〈夜見野レイ〉〈赤根夕樹〉のペンネームでも活動。収益を目的とせず、趣味の活動を行なう際に〈ぎゃふん工房〉の名前を付けている。

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〈ぎゃふん工房〉はフリーランス ライター・米田政行のユニット〈Gyahun工房〉のプライベートブランドです。このサイトでは、さまざまなジャンルの作品をレビューしていきます。

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